この記事では、ステージ4で切除手術の対象外となった大腸がん、初期手術、再手術の後に再発した大腸がんなど(以下、切除不能・再発大腸がん)に対して実施される遺伝子検査と、化学療法(抗がん剤などの薬物を使った治療)について解説します。
1.バイオマーカーの検査
2018~2019年時点では、切除不能・再発大腸がんに対する化学療法を実施するにあたって、抗EGFR抗体薬(ベクティビックス=パニツムマブや、アービタックス=セツキシマブなど)の効果予測の手段として、「RAS遺伝子変異」の検査を行うことが欠かせないものになっています。
このように遺伝子の状態(変異の状態)を調べ、主に抗EGFR抗体薬などの分子標的薬の効果を調べることをバイオマーカー検査といいます。
大腸がんに対して、抗EGFR抗体薬の効果を検証する試験はいくつか行われ、その結果からKRASエクソン2(コドン12,13)遺伝子変異を有する患者さんの場合、抗EGFR抗体薬による奏功、PFS(無増悪生存期間)、OS(全生存期間)の上乗せが認められないことが分かっています。
また、その後の追加解析の結果、KRASエクソン2以外にもKRASエクソン3、4およびNRASエクソン2、3、4の変異を有する患者さんにおいても抗EGFR抗体薬による効果が得られないことが明らかになっています。
日本では、複数のRAS遺伝子(KRASエクソン2、3、4およびNRASエクソン2、3、4)の変異を同時に検出できる検査キットが2015年に保険承認されているので、実際の医療現場でもこの検査のうえで薬を使うかどうか決める、という選択が可能になっています。
BRAF V600E遺伝子変異
BRAF V600E遺伝子変異は全大腸がんの5~9%で見られます。この変異は予後不良因子であること。そして抗EGFR抗体に対するマイナスの効果予測因子であることが分かっています。
BRAF V600E遺伝子変異を有する切除不能・再発大腸がん患者さんを対象に、BRAF阻害薬と分子標的薬の併用療法の効果を検証する臨床試験が世界的に行われていますが、芳しい効果がなく標準治療としては確立されていません。
HER2遺伝子変異
HER2遺伝子変異=HER2たんぱくの過剰発現はRAS野生型大腸がんの約5%でみられ、ハーセプチン+ラパチニブ(LAP)の効果を検証したある試験では約30%の症例で奏功がみられたものの、現時点ではHER2陽性大腸がんに対してHER2標的治療(例えばハーセプチンを使った治療)は保険適応されていません。
マイクロサテライト不安定性
マイクロサテライト不安定性(MSI)はミスマッチ修復(MMR)遺伝子機能の欠損によって生じます。これはMSI検査またはMMR関連たんぱくの免疫組織化学染色検査で検出することが可能です。
免疫チェックポイント阻害剤であるキイトルーダ(ペンブロリズマブ)、オプジーボ(ニボルマブ)、ヤーボイ(イピリムマブ)の効果を検証した臨床試験の結果、MMR機能欠損のある切除不能・再発大腸がんにおいて高い効果が認められることが示されました。
この結果を受けて米国食品医薬品局(FDA)はキイトルーダを高度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)またはMMR機能の欠損(dMMR)の固形がんに承認しました。
また、オプジーボをMSI-HまたはdMMRの切除不能・再発大腸がんに承認しています。
2.一次治療
切除不能・再発大腸がんの一次治療(ファーストライン)は、フッ化ピリミジン系代謝拮抗薬、オキサリプラチン(L-OHP)、イリノテカン(CPT-11)といった殺細胞性抗悪性腫瘍薬(毒性によって細胞を殺すタイプの抗がん剤)の組み合わせが中心です。
フッ化ピリミジン系代謝拮抗薬とオキサリプラチンの組み合わせには、FOLFOX(フォルフォックス)、CapeOX、SOX療法などがあります。
フッ化ピリミジン系代謝拮抗薬とイリノテカンの併用にはFOLFIRI(フォルフィリ)、IRIS療法があります。
現在は上記の療法に加えて、抗VEGF抗体薬であるアバスチン(=ベバシズマブ。B-mab)や抗EGFR抗体薬であるアービタックス(=セツキシマブ。C-mab)またはベクティビックス(=パニツムマブ。P-mab)(これはRAS野生型のみ)を併用する治療が標準的なファーストラインの治療法です。
アバスチンは単剤ではほぼ有効性がないため、細胞を殺す抗がん剤と併用して使用するのが一般的です。
臨床試験では、FOLFOX/CapeOX+アバスチンが、FOLFOX/CapeOXと比較して優位にPFS(無増悪生存期間)を延長することが示されています。
また別の試験ではFOLFOX+アバスチンとFOLFIRI+アバスチンが比較され、ほぼ差がないことからどちらの療法も選択が可能とされています。
また、SOX+アバスチンのFOLFOX+アバスチンに対するOS(全生存期間)における非劣性が示されています。
なおBRAF V600E遺伝子変異大腸がんにおいては、FOLFOXIRI+アバスチンの生存期間延長効果が大きいという結果を生んだ試験があり、これも選択肢とされていますが、多くの薬剤を使うため毒性も強く、選択には注意が必要とされています。
アービタックス、ベクティビックスは単剤同士での効果は同等と考えられています。
RAS遺伝子野生型大腸がんに対する一次治療においては、FOLFIRIに対するアービタックスの上乗せ、ベクティビックスの上乗せともに、それぞれOS(全生存期間)の延長が認められています。
RAS野生型大腸がんに対する一次治療において、抗EGFR抗体薬を併用するのがよいか、アバスチンを併用するのがよいかは分かっていません。
したがって、現時点では効果や患者の状態、有害事象(副作用)の特徴を理解したうえで使い分けるという戦略が適切となっています。
なお近年、左側結腸・直腸がんでは一次治療においてアバスチン併用より抗EGFR抗体薬併用のほうが予後がよい可能性が示されており、「原発がどこであるか」も治療選択の1つの要素となっています。
3.二次治療、三次治療
二次治療(セカンドライン)では原則として、一次治療でオキサリプラチンを用いた人にはイリノテカンベースのレジメン(薬の組み合わせのこと)を、一次治療でイリノテカンを用いた人にはオキサリプラチンベースのレジメンを、それぞれ血管新生阻害剤や抗EGFR抗体薬と組み合わせて使います。
また、一次治療で抗がん剤+アバスチンが投与された患者さんを対象に、「抗がん剤単独」と「抗がん剤+アバスチン」を比較した結果、二次治療でもアバスチンを継続したほうが全生存期間の延長が得られています。
その結果、一次治療におけるアバスチン使用の有無にかかわらず、二次治療におけるアバスチンの併用は推奨されています。
また、オキサリプラチンかつアバスチンに効果が見られなかった患者さんを対象にした、「FOLFIRI」と「FOLFIRI+サイラムザ(ラムシルマブ)の比較試験では、サイラムザ併用群に全生存期間延長の効果が見られたため、サイラムザも二次治療における選択肢となっています。
また、オキサリプラチンで効果が見られなかった患者さんを対象にした「FOLFIRI」と「FOLFIRI+アイリーア(アフリベルセプト)」の比較試験では、アイリーア併用群に全生存期間延長の効果がみられており、アイリーアも国内での製造販売が承認されています。
なお、二次治療における抗EGFR抗体薬の有効性は明らかになっていません。
二次治療において、「FOLFIRI」と「FOLFIRI+ベクティビックス」を比較した試験では、KRAS野生型患者さんにおいてベクティビックス併用群でPFS(無増悪生存期間)の延長がみられたものの、OS(全生存期間)の延長はみられませんでした。
しかし、奏効率に関してFOLFIRIが10%であったいっぽうで、「FOLFIRI+ベクティビックス」群で41%と高い効果を示しており、短期的でも腫瘍縮小が必要な症例では二次治療であっても抗EGFR抗体薬の併用も選択肢といえます。
オキサリプラチン、イリノテカンを含めたレジメンの効果が薄くなったRAS野生型の切除不能・再発大腸がんにおいて、抗EGFR抗体薬は単剤またはイリノテカンとの併用で有効性が示されているため、二次治療までに抗EGFR抗体薬を用いていない人に対する三次治療として抗EGFR抗体薬の使用は推奨されています。
4.救援療法(サルベージライン)
一次~三次までの標準的な治療に効果がなくなった場合、次の治療手段をサルベージラインと呼んでいます。
大腸がんにおいては、スチバーガ(レゴラフェニブ)とロンサーフ(TAS-102)という治療薬が用いられます。
スチバーガは経口(口から飲むタイプの)マルチキナーゼ阻害剤、というタイプの薬です。
臨床試験では、標準化学療法不応となった大腸がん患者さんを対象にプラセボ(偽薬)との比較試験が行われ、スチバーガが有意な全生存期間延長の効果を示しました。
ロンサーフも経口薬で、ヌクレオシド系の薬剤です。これも同じく偽薬との比較試験で全生存期間延長の効果が明らかになったことで承認されています。
スチバーガとロンサーフ、どちらを先に使用すべきかは、直接比較の試験がないため明らかではないですが、患者の状態や希望、副作用の種類などに応じて使い分けることになります。