02.がんについて

「医者は抗がん剤を使わない」「いや、抗がん剤は使う」本当はどちら?

標準治療(手術、放射線、化学療法)を批判する意見は多く、書籍も多く出版されています。 特に問題視されることが多いのが、抗がん剤などの薬物を使う「化学療法」です。 書籍の中には、「99%の医者は抗がん剤を使わない」という内容のものがあります。これを執筆しているのは医師です。 その他にも「薬剤師は抗がん剤を使わない」という書籍もあります。 これも現役の薬剤師が書いています。 このような意見に対して、反発する医師も多く、 医者は自分にどんな「がん治療」をとる? 99%が抗がん剤を使わず #ldnews http ...

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がんゲノム医療 保険適応の条件と問題点を分かりやすく解説

2019年6月1日より、がんゲノム医療に関する「がん遺伝子パネル検査」が保険適応となりました。 テレビのニュースなどでは「がんゲノム医療が保険適応に」などとテロップで流れることもあり、ゲノム医療全体が保険適応になるかのような印象を受ける人もいるかもしれません。 しかし保険適応となるのは「検査」についてのみ。 なおかつ保険が適応となるための条件もあります。そして検査を受けて何らかの遺伝子変異が見つかったとしても、そこから「治療」に入るためには、いくつかの難問があります。 この記事では、がんゲノム医療やパネル ...

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がん全般に関するニュース 2019

がん全般に関するツイートを忘備録として格納しています。 ※新しいニュースのほうが上。 ゲノム医療の体制などについてポイントがまとめられた良い記事。 がん遺伝子パネル検査等、保険診療上の留意事項を整理―厚労省 https://t.co/WMgzt0NpG9 — 本村ユウジ@がん治療専門 (@motomurayuji) 2019年6月4日 光免疫療法、第三相スタートのニュース。 米国での再発頭頸部扁平上皮がんに対する第2相試験で、奏効率28%(28人中8人)、完全奏効率14%(28人中4人)という ...

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がんゲノム医療とは何か?分かりやすく解説

近年、話題になっている「がんゲノム医療」とは何か、というテーマの記事です。 専門用語、難解な言葉が登場しやすく「いまいち、理解できない」という人が多いので、できるだけ分かりやすく解説したいと思います。 ゲノムとゲノム医療 体の細胞の核の中にはDNAがあり、そこに刻み込まれた生命に関する情報が「ゲノム」と呼ばれるものです。 この体の設計図といえるゲノムに刻まれている「遺伝子の配列」を調べるのが「遺伝子検査」です。 遺伝子検査によって「その人固有の遺伝子情報」が明らかになります。 ゲノム医療とは、シンプルに表 ...

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がんセカンドオピニオンの質問例と受けるタイミング

がん治療では「セカンドオピニオンを受けましょう」とよく言われますが、いつ、どのタイミングで受けて、どんな質問をすればよいのか?は悩ましい問題だといえます。 がんに関するセカンドオピニオンはそもそもどの病院に行けばよいか分かりません。せっかくお金を払って(基本的に保険適応外で有料です)行くからには、有益な時間にしたいものです。 私もセカンドオピニオンについてはよく質問を受けます。最も難しいのが「どの病院で受けるべきか」ですが、これについては個別の対応になるのでこの記事では触れません。 この記事では、上手なセ ...

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セカンドオピニオンで医者は怒るのか?言い方にも気をつけよう

セカンドオピニオンは「受けてよかった」というケースもあれば「受けてもあまり意味がなかった」ということもあります。 また、受ける以前に主治医との関係が悪くなったり、場合によっては医師が怒ってしまって「もう私は診ない」などと関係が断裂されてしまったりすることもあります(ここまでのことは稀ですが)。 セカンドオピニオンは受ける前、もとより「主治医に切り出す前」に色々と整理、準備しておことが大切になります。 ポイントは色々ありますが、ツイッターでこのようなことを書きました。 実際には個々のケースバイケースですし住 ...

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がん治療 病院の選びかた。評判や口コミだけで決めてはいけない

個別サポートの中で、比較的多いのが「今はこの病院に通っているのですが、他に移ったほうがよいですか?他におすすめの病院はありますか?」という質問です。 がんについては「一度行けば終わり」ではなく、通院、入院などを含め長期化することが多いため、どの病院を選ぶか、は重要な点になります。 というわけで、ツイッターで「病院の選び方シリーズ」を書いてみました。 「その20」まで行ってしまったので、サイトにもまとめとして残しておきたいと思います。 がん治療 病院の選びかた、探しかた 【がん治療 病院の選びかた その1】 ...

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がん治療費用に関わる公的支援や助成金の制度は?

経済的な理由で、希望どおりのがん治療を続けられなくなる人は少なくありません。でも、あきらめてしまう前に、公的な制度が利用できないかどうか、確かめてみましょう。 役所や公的機関に申請すれば戻ってくるお金や控除制度、手当金などがあります。 代表的なものとして、「高額療養費制度」「医療費控除」「傷病手当金」「雇用保険(失業手当)」「障害年金」などがあります。 医療費控除 患者さんまたは”生計を一にする家族”が、1年間に支払った医療費が10万円を超えた場合に、所得税の一部が戻ってくる制度です。 医療にかかった領収 ...

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光免疫療法(近赤外線免疫療法)の治験の進捗状況は?

※この記事は、光免疫療法(近赤外線免疫療法)の解説+直近の臨床試験(治験)の結果について掲載しています。 2019年以降の臨床試験の進捗についてはその都度更新しています。 光免疫療法(近赤外線免疫療法)とは? テレビのリモコンでも使われている近赤外線。 そのレーザー光を体の表面に照射することでがん細胞を攻撃する、新しい治療法の実用化への期待が年々高まっています。 これは「がん光免疫療法(近赤外線免疫療法)」と呼ばれる治療法で、米国国立衛生研究所(NIH)主任研究員の小林久隆医師が10年以上の研究の成果とし ...

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抗がん剤による脱毛はなぜ起きるのか?いつ回復するのか?

抗がん剤治療の副作用として「脱毛する」ことがよく知られています。抗がん剤治療を受けるとなぜ脱毛するのでしょうか? これは、毛髪の成長のメカニズムと関係があります。 毛根にある毛母細胞(もうぼさいぼう。毛を作るもとになる細胞)が細胞分裂することによって、毛が成長(伸びる)します。 毛髪は「成長期」「退行期」「休止期」のサイクルを繰り返しています。 毛母細胞は、全身の細胞の中でも分裂が速い細胞です。そのため、同じく分裂の速いがん細胞を標的とする化学療法(抗がん剤治療)は、毛母細胞にもダメージを与え、脱毛が起こ ...

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私ががん治療専門アドバイザーになった経緯

【 全ての選択は結果をともなう 】

良い結果=がんを克服することを望むなら、全ての選択を正しいものにしなければなりません。

どの病院を選ぶのか。どの治療法を選ぶのか。どんな食生活をすべきなのか?

正解を選び続け、ムダなことや間違いをしないこと。

がんとの闘いでは、まさに「全ての選択によって結果が決まる」のです。

がんはとても厳しい病気です。甘くは見ていません。

過去、私は「がん」という病気に、大切なものをたくさん奪われました。

無知で、情報に翻弄されるだけだった若い頃の私は、がんに立ち向かうことすらできず、大事な命が消えていくのを黙って見ていることしかできませんでした。

「どうすればがんに勝てるのか?」

がん治療に関する誤った情報、ねつ造、ウソ。

先進医療の論文や、体験者が語る真実。

これらを徹底して調査するうち、私は「がんに苦しむ人たち」にアドバイスをするようになっていきました。

やがてその活動はボランティアを経て「仕事」となり、人生を捧げるライフワークになりました。

10年前に最初に接した方から、今日サポートをしている方まで、がんに苦しむ人に対して願っていることはずっと同じです。

「事実を知り、正しい知識を持つことでがんを克服し、大切なものを守って欲しい」

このサイトを訪れたあなたにも、そうなってほしいと思っています。

今、あなたの大切な人ががんになって、助けたいと願っているなら。

その気持ちは痛いほどよく分かります。どうか苦しんでいる大切な人の支えになってあげてください。

そして、あなたが患者さん本人なら。

あなたの命は、あなただけのものではない。

だから自分自身の命と人生を守って欲しい。

あなたの笑顔はあなただけのものではありません。あなたが笑うことで幸せになれる人がいるのです。

苦しいときほど冷静に、落ち着いて、進むべき道を見極めることが大切です。

なぜそう言えるのか?

私の人生もまた、病気との闘いだったからです。

病気に苦しんだ子供時代

10歳の夜。

私は体中から血を流し、「ヒューヒュー」と荒い呼吸をしながら、豆電球をつけただけの薄暗い台所の椅子に座っていました。

時計をみると深夜2時。両親と兄は2階の部屋で寝ていましたが、私は一人で眠れない夜に耐えていました。

血を流していた原因はアトピー性皮膚炎。ヒューヒューという呼吸の原因は喘息(ぜんそく)です。

アトピーが重症になると体の皮膚が裂けて血や膿が出ますが、それでも痒くてさらに掻いてしまい、もっと悪化して気が狂うほどの痒みと痛みに襲われます。

当時、喘息向けの吸引薬はまだ登場しておらず、発作が起きたときにできることは「ひたすら耐える」だけです。横になると呼吸ができないので椅子に座っていたのです。

「なんで僕だけこんな目に合うんやろ。死にたい。」

それが私の人生における「病との闘い」のはじまりでした。

アトピーに対しては病院でもらったステロイドを塗りたくるも、急激に悪化してはひとりで泣く。

旅行に連れていってもらっても、環境の変化に敏感で、夜になると必ず喘息になって眠れない・・・。

そうやって苦しい子供時代は過ぎていきました。

「アトピーや喘息は大人になれば自然に治るもんだよ」

ある医者にそう言われたことを信じ、はやく大人になりたいと思いながら、なんとか頑張って生きていました。

後にその医者の言葉はウソだったことを思い知ることになるのですが。

がんとの出会い

18歳のとき。

兄のように慕っていた「いとこのカズミチ君」を悪性リンパ腫で亡くしました。

それが「がん」との最初の出会いでした。

4つ年上のカズミチ君は、面白い漫画を教えてくれたり、ガンダムのプラモデル作りを教えてくれたりする優しい人でした。

バイト代を貯めて買ったスポーツカーの助手席には私を一番に乗せてくれました。

知らない世界を教えてくれる彼の家は遠かったですが(私は奈良で彼は京都)、遊びに行くのをいつも楽しみにしていました。

ある夏の日。

冬には分からなかった彼の首回りの腫れに気が付きました。「どうしたん?」と聞いても「あ~、なんでもないし」という返事。

なんか様子がおかしいな?と思いつつ、それ以上は聞かないでいました。

しかし秋になると、彼は入院しました。

お見舞いに行くと、カズミチ君はとても痩せており、首の腫れもかなり大きくなっていました。

「おう、大丈夫やから」と笑う彼の顔は覚えていますが、自分が何を話したのかは覚えていません。彼の様子を見て、ただごとではないと気づいたからです。

家に帰ってから、おそるおそる親に病名を聞きました。

「あくせいりんぱしゅ?」

耳に覚えのない言葉を聞いたとき、今であればインターネットで調べますが、当時はネットがありません。

大きな書店に行き、専門用語だらけの医学書を読んでみて「命に関わる病気」だということだけは分かりました。

「え?」と思いましたが、大きな病院へ入院してるしきっと大丈夫!・・・と、無知ゆえの都合のよい解釈をして、不安にフタをしたのです。

それから数か月、あまりカズミチ君のことを考えないようにしながら過ごしていました。二度目のお見舞いには、なんとなく行けませんでした。

そしてその年の冬。

彼は亡くなりました。

葬儀の日、私は涙も流さず、ただ茫然としていました。

何が起きたのか、理解できていませんでした。

「こないだ車に乗せてもらったばっかりやんか。入院もして治療してたんちゃうんか。もう会われへんなんて聞いてない」そんな言葉ばかりが頭を巡っていました。

ショックで当時の記憶は断片的ですが、脳裏に焼き付いているのは、カズミチ君のお父さんとお母さんの姿でした。

大事な一人息子を失い、憔悴しきって、ただ泣いていました。

私は「おばちゃん、大丈夫?」と蚊の鳴くような声で話しかけるのがやっとでした。

「うん、来てくれてありがとうね」と私よりも小さな声でカズミチ君のお母さんは答えてくれました。

それは、私が彼女と交わした最後の会話になりました。

カズミチ君の葬儀から約2年後。

お母さんも息子の後を追うように、悪性リンパ腫で他界したのです。

(彼女にはもともと首回りに腫れがありました。彼女もカズミチ君もリンパ腫ではなく遺伝性の多発性内分泌腫瘍(ホルモン関連のがん)だったのではないか?と今になって思っています)

息子の死後、生きる意味を無くされたのか、食欲もなく衰弱し、入退院を繰り返していることは知っていましたが、まさか亡くなるとは・・・。しかも同じ病気で。

久しぶりに来た京都のカズミチ君の家で、また葬儀。

最愛の息子と妻を立て続けに失ったカズミチ君のお父さんは大工で、寡黙な人でした。喪主の席でも、ずっと無表情で宙を眺めていました。

彼は昔からショートホープを1日40本吸っているヘビースモーカーでしたが、タバコの本数はさらに増えている様子で、そのときも絶え間なく吸っていました。

そのときすでに病魔に侵されていたのかもしれません。

間もなくしてカズミチ君のお父さんも肺がんで亡くなった、と親から聞かされました。

わずか数年のうちに、仲良くしていた家族が全員、目の前から消え去ったのです。

笑顔が絶えなかった京都の家は、やがて取り壊されました。

当時の感情を何と表現すればいいのでしょうか。

どんな感情になるべきかも分からない、という感じでした。

何もできないまま、人も思い出も、根こそぎ持っていかれていくのを、私は黙って見ていただけでした。

それでも原因だけは、はっきりしていました。

「がん」

がんがいかに怖い病気なのか。何を奪っていくのか。これでもかというほどの不安と恐怖と喪失感を私の体に刻み、がんは通り過ぎていったのです。

がんとの再会

そして32歳になったとき。

カズミチ君との思い出も薄れてきた2006年に、また「がん」目の前に現れました。

私に仕事(ITシステムのコンサルタント)のイロハを教えてくれた恩師と蕎麦を食べていたとき、顔色が悪いのが気になった私は「具合、悪いんですか?」と聞くと、

「うん、まいったよ・・・。膵臓がんなんだ」と教えてくれました。

「がん」という病気の怖さが蘇ってきた私は「なんとか力になりたい」と、手術や抗がん剤治療についての本を買い込んで勉強しました。

ゲルソン療法やビタミンC点滴などの代替療法、当時はあまり情報がなかった免疫療法やハスミワクチン、丸山ワクチンなどの民間療法についても徹底的に調べました。

彼はなんとか手術はできる状況で、膵頭部十二指腸切除を実施。

その後、私は調べたことを伝え、彼もできうる民間療法にトライしましたが一向に回復せず、手術からわずか5ヶ月後に他界しました。

「俺は大人になっても、何もできなかった」と、心臓が締めつけられるほど悔しく悲しい出来事でしたが、ほどなくして追い打ちをかけるように厳しい体調変化が起こりました。

アトピーの爆発的な悪化です。

どんな薬を飲んでも、どんな強い薬を塗っても、体中の痒みが収まることはなく、猛烈な痒みに夜も眠れず、シーツや布団は血だらけになり、体中の皮膚がボロボロになりました。

めったなことでは泣かない私の妻も泣いてしまうほどでした。

これはいわゆる「副作用」ではありません。薬の耐性(やがて効かなくなる性質)により、薬で抑えられなくなり、力で抑え込んでいた症状が爆発したのです。

体のいたるところから、顔や頭からも血や膿が流れ出ている状況なのに、一秒も休まることなく痒みが襲います。心も休まることがなく、眠ることすらできないという状況が延々と続きました。

極限の苦しみでした。

その頃の季節は春で、外では穏やかな日の光で満ちていましたが、自分自身の世界は地獄でした。

今まで病院でもらっていた薬は何も効かない。

ハウスダストなどのアレルギー物質を徹底的に避けても何も変わらない。

何をやってもどうしようもなくなったとき、意識もはっきりしない状態で、私はふとこう思いました。

「骨折とか心臓弁の手術とか、治療で治せるものもあるけど、治せない病気があるんだな。アトピーは薬で治らない。そういえばがんもそうだったな・・・」

それから私は「人間はどうすれば最も健康な状態になれるか」だけに照準を絞り、古今東西のあらゆる健康法や人体に関する研究の文献を調べました。

「病気の反対は健康。病気を見ずに健康だけを見てみよう」と思ったからです。

仕事にも行けず、どうせ眠れないので、昼夜を問わず目を真っ赤にしながら研究し、食事の改善、飲み水の改善、体をより正しい状態にするためのサプリメントなどで「自分の体をあるべき姿にする」ことだけを考えました。

出した答えを毎日コツコツ続けていると、数週間で症状が軽減してきました。

その後わずか3~4ヶ月でアトピー性皮膚炎をほぼ完治させることができたのです。

プロフィールに顔写真を掲載していますが、アトピーだとは誰も思わないはずです。

体質的に「アトピーでない人と同じ」ではないので、油断をして堕落した生活をしてしまうと症状が顔を出してきますが、原因やどうやって対処すればいいのかは分かっているので問題ありません。

現代医学では、「アトピーは飲み薬や塗り薬で症状を抑えることしかできず、治せない病気なので、なんとか症状を軽くしながら付きあうしかない」という位置づけです。

ですから、すっかり治した私のことは「奇跡のようなできごと」「偶然のできごと」ということになります。

しかし、実際には「治る病気なのに、治らないことばっかりしていた」だけでした。

アトピーがなくなってからは喘息も出なくなり、元気が出てきた私はふとこう思いました。

「がんも同じじゃないのか?」

「本当は治る病気なのに、治らないことばっかりしているのではないのか?」

それがサポート活動をはじめたきっかけです。

がんとの闘い

「できた腫瘍を臓器ごと切るか、毒性の強い薬を使うだけ」のがん治療に強烈な違和感を抱いていた私は、がんに関することをさらに本格的に調べ始めました。

「カズミチ君も、彼のお母さんもお父さんも、恩師も本当は助けられたのではないか?」という疑問を晴らしたい。

「この先、大切な人の誰かがまた絶対がんになる。そのときに黙って見送ることだけはしたくない」という思い。

その気持ちを持ち続けて研究をし続けることで「がんになったらどうすればいいか」が分かってきました。

2008年。

がんを克服するためのwebサイトを作り、メールマガジンの発行を始めました。それが私のアドバイザーとしての活動の第一歩でした。

もちろん、当初はボランティア活動でしたが、本腰を入れてサポートに専念するため2011年にサポート活動を「仕事」にしました。

副業ではなく本業として毎日「がん患者さんのサポートだけ」をしています。

そして2018年になりました。

私がサポートしてきた患者さんは累計で4,300名ほどになりました。

読んだ書籍は100冊をゆうに超え、論文や臨床試験の結果なども数え切れないほど目を通してきました。

知識として、あらゆるがんについて誰よりもよく知っていると思っていますが、私が得たものの中で最も価値があるのは「4,300名分の患者さんの体験」です。

何をしたらどうなったのか。何が失敗して成功したのか。

何が納得できて、何を後悔しているのか。

これら「生の声」「がん闘病のリアルな現状」こそ最も尊いものであり、ここにがんを克服するための「鍵」があるのです。

これまで接してきた患者さんの中には、がんを克服した患者さん、再発を長く防いでいる患者さんもたくさんいる代わりに、亡くなってしまった患者さんもたくさんいます。

がんは簡単な病気ではありません。どうやっても助からない状況もあるのです。

私は「回復して良かったですね」という言葉だけでなく「ご冥福をお祈りしています」という言葉も、何度もメールで送っています。

私の10年には、喜びや安堵だけでなく、悲しみや苦しみもたくさん含まれているのです。その経験、知識をあなたに全て伝えたいと思っています。

まずは無料ガイドブック「がんを完治させるための5つのルール」(PDFファイル。郵送も可)をお読みいただければと思います。

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なお、このガイドブックを作成した経緯、理由など詳細はこちらのページに記載しています。

⇒ がんを治すための「たった1つの条件」とは?

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