
膀胱がんの分子標的薬エルダフィチニブ(バルバーサ)とは
膀胱がんは再発しやすいという特徴を持つがんです。手術や化学療法、免疫療法などの治療法がありますが、進行した状態や再発を繰り返す場合には治療の選択肢が限られてきました。
そのような中で注目されているのが、分子標的薬「エルダフィチニブ(Erdafitinib)」です。日本では商品名「バルバーサ」として承認されています。この薬は、特定の遺伝子変異を持つ膀胱がんに対して効果を発揮する新しいタイプの治療薬です。
従来の抗がん剤が正常な細胞にもダメージを与えるのに対し、分子標的薬はがん細胞が持つ特定の分子(標的)を狙い撃ちする仕組みを持っています。エルダフィチニブは「FGFR(線維芽細胞増殖因子受容体)」という分子を標的とする薬剤です。
FGFR遺伝子変異とは何か
FGFRは細胞の増殖や分化に関わる受容体で、正常な細胞では適切に機能しています。しかし、がん細胞ではこのFGFRに関連する遺伝子に変異が起こることがあります。
膀胱がん患者さんの約15~20%にFGFR2またはFGFR3の遺伝子変異や融合が認められると報告されています。この変異があると、細胞増殖のシグナルが過剰に送られ、がん細胞が無秩序に増殖してしまいます。
エルダフィチニブはこのFGFRの働きを抑制することで、がん細胞の増殖を阻害します。つまり、FGFR遺伝子変異を持つ患者さんにとって、特に有効性が期待できる治療薬といえます。
エルダフィチニブの作用機序と治療効果
薬がどのように働くのか
エルダフィチニブはFGFR1、FGFR2、FGFR3、FGFR4の4つのサブタイプすべてを阻害する「汎FGFR阻害薬」です。経口薬(飲み薬)として開発されており、患者さんにとって服用しやすい形態となっています。
この薬を服用すると、がん細胞内でFGFRが活性化するのを防ぎ、その結果として細胞増殖のシグナル伝達経路が遮断されます。これによりがん細胞の増殖が抑えられ、腫瘍の縮小や病勢のコントロールが期待できます。
臨床試験で示された効果
米国で実施された第2相臨床試験(BLC2001試験)では、FGFR遺伝子変異を持つ進行尿路上皮がん患者さん99名を対象に、エルダフィチニブの効果が検証されました。
この試験の結果、客観的奏効率(腫瘍が縮小した患者さんの割合)は40%で、そのうち完全奏効(腫瘍が完全に消失)が3%、部分奏効(腫瘍が30%以上縮小)が37%でした。病勢コントロール率(腫瘍の進行が止まった患者さんを含む割合)は80%に達しました。
奏効期間の中央値は5.6ヶ月、無増悪生存期間の中央値は5.5ヶ月と報告されています。特に注目すべきは、免疫チェックポイント阻害薬による治療後に病勢が進行した患者さんでも効果が認められた点です。
日本国内でも第1相試験が実施され、日本人患者さんにおいても同様の効果が確認されています。
日本での承認状況と使用できる条件
エルダフィチニブは、米国では2019年4月に米国食品医薬品局(FDA)が「FGFR3またはFGFR2の遺伝子変異を有する局所進行または転移性尿路上皮がん」に対して迅速承認を与えました。この時点で画期的治療薬(Breakthrough Therapy)に指定されていました。
日本では2024年3月に製造販売承認を取得し、商品名「バルバーサ錠」として使用可能になりました。適応は「FGFR3又はFGFR2の遺伝子変異を有する根治切除不能な尿路上皮癌」です。
治療を受けられる患者さんの条件
エルダフィチニブによる治療を受けるためには、いくつかの条件があります。
まず、がん組織の検査でFGFR2またはFGFR3の遺伝子変異が確認されている必要があります。これは、コンパニオン診断と呼ばれる専用の検査で判定されます。
次に、根治切除が不可能な局所進行がんまたは転移性のがんであることが条件です。通常、プラチナ製剤を含む化学療法による治療歴があり、病勢が進行した患者さんが対象となります。
全身状態が一定以上保たれていること、重要臓器の機能が維持されていることなども治療開始の判断材料となります。
コンパニオン診断の重要性
エルダフィチニブは、FGFR遺伝子変異を持つ患者さんにのみ効果が期待できる薬です。そのため、治療前に必ず遺伝子検査を実施し、変異の有無を確認する必要があります。
この検査は腫瘍組織または血液(リキッドバイオプシー)を用いて行われます。検査結果が陽性であれば、エルダフィチニブが治療選択肢の一つとなります。
エルダフィチニブの副作用と注意点
主な副作用
エルダフィチニブは分子標的薬であり、従来の抗がん剤とは異なる副作用のプロファイルを持っています。臨床試験で報告された主な副作用には以下のようなものがあります。
高リン血症(血液中のリン濃度の上昇)は最も頻度の高い副作用で、77%の患者さんに見られました。これはFGFR阻害によって腎臓でのリン再吸収が増加するためです。
口内炎も高頻度で発生し、58%の患者さんに認められています。爪の変化(爪囲炎、爪の変形など)は57%、下痢は51%、疲労感は45%の患者さんで報告されました。
その他、食欲低下、味覚異常、皮膚乾燥、脱毛、眼の症状(ドライアイ、角膜障害など)なども起こることがあります。
重篤な副作用
発生頻度は低いものの、注意が必要な重篤な副作用もあります。
高リン血症が高度になると、軟部組織の石灰化や腎機能障害を引き起こす可能性があります。そのため、血中リン濃度の定期的なモニタリングと、必要に応じたリン吸着薬の使用や減量が行われます。
網膜色素上皮剥離などの眼の障害が報告されています。視力の変化や視野の異常を感じた場合には、速やかに医師に相談する必要があります。
また、肝機能障害、間質性肺疾患、心機能障害なども報告されているため、定期的な検査と症状の観察が重要です。
副作用への対処法
多くの副作用は適切な支持療法や用量調整で管理できます。
高リン血症に対しては、リン吸着薬の投与や低リン食の指導が行われます。血中リン濃度が一定値を超えた場合には、エルダフィチニブの休薬や減量が検討されます。
口内炎には、口腔ケアの徹底や専用の口腔洗浄液、痛み止めの使用などで対処します。皮膚症状には保湿剤やステロイド外用薬が用いられることがあります。
定期的な血液検査、眼科検査、画像検査などで副作用の早期発見に努め、症状に応じた対応を行うことで、治療を継続できるケースが多くなっています。
エルダフィチニブの費用について
薬剤費の目安
エルダフィチニブ(バルバーサ錠)は高額な薬剤です。2025年時点での薬価は、1錠あたり約1万円前後と設定されています。
標準的な投与量は1日1回8mg(4mg錠を2錠)で開始し、血中リン濃度などを見ながら必要に応じて増量されます。最大投与量は1日9mg(3mg錠を3錠)です。
1ヶ月間(28日間)治療を継続した場合、薬剤費だけで約56万円から63万円程度かかる計算になります。これに加えて、診察費、検査費、その他の医療費が必要です。
高額療養費制度の活用
日本には高額療養費制度があり、医療費の自己負担額には所得に応じた上限が設けられています。
一般的な所得区分の方であれば、1ヶ月の自己負担上限額は約8万円から9万円程度です。70歳以上の方や所得が低い方はさらに上限が下がります。
ただし、高額療養費制度を利用しても、治療が長期間続く場合には経済的な負担は大きくなります。医療費の支払いについては、事前に医療機関の相談窓口や医療ソーシャルワーカーに相談することをお勧めします。
その他の経済的支援
自治体によっては、がん患者さん向けの医療費助成制度を設けている場合があります。また、生命保険やがん保険に加入している場合には、給付金の対象となる可能性もあります。
経済的な理由で治療をあきらめる前に、利用できる制度や支援について情報を集めることが大切です。
他の治療法との比較と位置づけ
膀胱がんの標準的な治療の流れ
膀胱がんの治療は、病期や全身状態によって異なります。
早期の表在性膀胱がんでは、経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)が第一選択となります。再発リスクが高い場合には、BCG膀胱内注入療法が追加されることがあります。
筋層浸潤性膀胱がんでは、膀胱全摘除術と骨盤リンパ節郭清が標準治療です。手術前後に化学療法を組み合わせることもあります。
進行・転移性膀胱がんでは、プラチナ製剤を含む化学療法(GC療法やMVAC療法など)が一次治療として行われます。化学療法後に病勢が進行した場合には、免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブ、ニボルマブなど)が選択肢となります。
エルダフィチニブの治療における位置づけ
エルダフィチニブは、プラチナ製剤による化学療法や免疫療法後に病勢が進行した患者さん、またはそれらの治療が適さない患者さんを対象とした薬です。
ただし、すべての患者さんに使えるわけではなく、FGFR遺伝子変異が確認された方が対象となります。つまり、従来の治療で効果が得られなかった患者さんの中で、遺伝子変異という条件を満たす方に新たな選択肢を提供する薬といえます。
免疫療法との違い
免疫チェックポイント阻害薬は、患者さん自身の免疫機能を活性化してがん細胞を攻撃させる治療法です。PD-L1という分子の発現状況などが効果予測因子となります。
一方、エルダフィチニブはがん細胞の増殖シグナルを直接遮断する薬です。免疫療法が効かなかった患者さんでも、FGFR遺伝子変異があれば効果が期待できる可能性があります。
臨床試験では、免疫療法後に病勢が進行した患者さんにもエルダフィチニブが効果を示したことが確認されています。これは、作用機序が異なるため、免疫療法に抵抗性があっても効果が得られる可能性を示しています。
エルダフィチニブ治療を考える際のポイント
遺伝子検査を受けることの意義
膀胱がんと診断された段階で、または標準治療が効かなくなった段階で、遺伝子検査を受けることには大きな意義があります。
FGFR遺伝子変異が見つかれば、エルダフィチニブという治療選択肢が加わります。仮に変異がなくても、他の遺伝子変異や治療標的が見つかる可能性もあります。
遺伝子検査は保険適用となるケースもあり、主治医と相談しながら検査を受けるかどうかを判断できます。
治療を受けるかどうかの判断
エルダフィチニブによる治療を受けるかどうかは、いくつかの要素を総合的に考えて判断する必要があります。
まず、期待できる効果です。臨床試験では約40%の患者さんで腫瘍が縮小しましたが、すべての方に効果があるわけではありません。効果が得られた場合でも、その持続期間には個人差があります。
次に、副作用の受け止め方です。高リン血症や口内炎などの副作用は高頻度で起こりますが、多くは管理可能です。自身の生活の質をどう維持したいかという視点も重要です。
経済的な負担も考慮すべき点です。高額療養費制度を利用しても、長期間の治療では負担が積み重なります。
そして、全身状態や他の病気の有無、年齢なども判断材料となります。主治医とよく相談し、自身の価値観や希望を伝えながら決めていくことが大切です。
治療中の生活について
エルダフィチニブは経口薬なので、入院せずに自宅で服用できます。ただし、副作用のモニタリングのため、定期的な通院と検査が必要です。
口内炎や爪の変化などの副作用は、日常生活の質に影響することがあります。口腔ケアを丁寧に行う、爪を清潔に保つ、皮膚の保湿に気をつけるなど、セルフケアが重要になります。
食事については、高リン血症を予防・管理するために低リン食が勧められることがあります。栄養士の指導を受けながら、バランスの良い食事を心がけます。
今後の展望と研究の動向
併用療法の研究
エルダフィチニブと他の治療法を組み合わせることで、より高い効果が得られるかどうかを調べる臨床試験が進行中です。
免疫チェックポイント阻害薬との併用や、他の分子標的薬との組み合わせなどが検討されています。これらの研究結果によっては、将来的に治療選択肢がさらに広がる可能性があります。
他のがん種への応用
FGFR遺伝子変異は膀胱がんだけでなく、胆管がんや肺がん、乳がんなど他のがん種でも認められることがあります。
すでに胆管がんに対してはエルダフィチニブの有効性が報告されており、他のがん種でも臨床試験が行われています。今後、適応拡大が進む可能性があります。
新世代のFGFR阻害薬
エルダフィチニブ以外にも、FGFR を標的とする新しい薬剤の開発が進んでいます。より高い効果や少ない副作用を目指した次世代の薬剤が登場する可能性もあります。
情報収集と相談先
膀胱がんの治療や最新の情報については、以下のような方法で情報を得ることができます。
主治医や担当の医療チームとの対話が最も重要です。疑問や不安があれば、遠慮せずに質問しましょう。セカンドオピニオンを求めることも選択肢の一つです。
がん診療連携拠点病院には、がん相談支援センターが設置されています。治療のことだけでなく、医療費や生活上の悩みについても相談できます。
患者会や患者支援団体では、同じ病気を経験した方々との交流や情報交換ができます。体験談を聞くことで、治療への理解が深まることもあります。
インターネット上にも多くの情報がありますが、信頼できる情報源かどうかを見極めることが大切です。

