こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
80歳、90歳という年齢でも大腸がんの手術を受けられるのか、という質問をよくいただきます。
結論から申し上げると、現在の医療では年齢だけで手術の可否を判断することはありません。80代、90代であっても、全身状態が良好であれば手術を受けることができます。実際に、100歳を超えた方が大腸がんの手術を受けた事例も報告されています。
しかし、高齢者の手術には若い世代とは異なる配慮が必要です。この記事では、高齢者の大腸がん手術について、手術が可能かどうかの判断基準、手術方法の選択、そして手術に伴うメリットとリスクについて、最新の医療情報をもとに詳しく解説します。
高齢者の大腸がん手術における現状
日本の平均寿命は年々延びており、2025年時点で女性は87.74歳、男性は81.64歳となっています。このような高齢化の進展に伴い、大腸がんと診断される方の年齢も高くなっています。
実際、大腸がんと診断される方の半数近くは75歳以上の高齢者です。大腸がんは罹患者数が多く、2018年の全国がん登録データでは、すべてのがんの中で罹患総数が1位となっています(男性では3位、女性では2位)。
かつて1980年代までは、60歳以上を「老人」として扱い、がんができたら手術不能とされる傾向がありました。しかし医療技術の進歩により、状況は変化してきました。
2025年の研究データによると、全大腸がん手術症例のうち80~89歳の症例が約40%、90歳以上の症例が約10%を占めています。現在では高齢者においても、10~20年前と比較して加齢に伴う身体機能の変化の出現が5~10年遅延しており、いわゆる「若返り」現象がみられるとされています。
手術が可能かどうかの判断基準
高齢者の大腸がん手術では、年齢そのものではなく、「その方の身体が手術に耐えられるか」という点が最も重要な判断基準となります。
手術前には、以下のような項目について総合的な評価が行われます。
全身麻酔への耐性
手術には全身麻酔が必要となるため、心臓や肺の機能が十分に保たれているかが確認されます。心血管疾患や呼吸器疾患がある場合は、その程度によって手術のリスクが変わります。
85歳以上の超高齢者を対象とした研究では、術前の併発症として心血管疾患を持つ方が55%、脳血管疾患が19%、肺疾患が10%という割合でした。これらの疾患があっても、適切な術前管理により手術は可能となっています。
栄養状態の評価
栄養状態が良好であることは、手術後の回復に大きく影響します。栄養状態が不良の場合、縫合不全などの合併症が起こりやすくなるため、手術前に栄養状態を改善してから手術を行うこともあります。
日常生活自立度(ADL)と運動機能
手術前にどの程度自立した生活を送れているかも重要な判断材料です。歩行が可能か、身の回りのことが自分でできるかといった点が評価されます。
認知機能・気分・情緒
認知症の有無や程度も確認されます。認知機能が著しく低下している場合、術後の管理が困難になる可能性があります。
| 評価項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 全身麻酔への耐性 | 心臓・肺機能、心血管疾患・呼吸器疾患の有無と程度 |
| 栄養状態 | 血液検査による栄養指標、体重減少の程度 |
| 日常生活自立度 | 歩行能力、身の回りの動作の自立度 |
| 認知機能 | 認知症の有無、記憶力・判断力の程度 |
これらの評価を総合的に行った結果、手術に耐えられると判断された場合に手術が実施されます。
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手術方法の選択:腹腔鏡手術と開腹手術
大腸がんの手術方法には、大きく分けて「開腹手術」と「腹腔鏡下手術」の2種類があります。近年では、高齢者に対しても腹腔鏡下手術が積極的に行われるようになっています。
開腹手術
開腹手術は、腹部を15~20cmほど切開して、直接患部を見ながら手術を行う方法です。執刀医が患部を直接触って確認しながら治療を進められるため、出血などのトラブルにも迅速に対応できます。
ただし、傷が大きいため、術後の痛みが強く、回復に時間がかかる傾向があります。
腹腔鏡下手術
腹腔鏡下手術は、腹部に数か所の小さな穴(0.5~5cm程度)をあけ、そこから専用のカメラと手術器具を入れて、モニター画面を見ながら手術を行う方法です。
2021年のデータでは、大腸がん症例に占める腹腔鏡下手術の比率は83.8%に達しています。多くの医療機関で腹腔鏡下手術が標準的な選択肢となっています。
高齢者における腹腔鏡手術の利点
85歳以上の超高齢者を対象とした複数の研究により、腹腔鏡下手術には以下のような利点があることが明らかになっています。
・出血量が開腹手術と比べて少ない(開腹手術395mLに対し、腹腔鏡手術73mL)
・術後の痛みが少ない
・食事を再開できるまでの期間が短い(開腹手術5~6日に対し、腹腔鏡手術3~4日)
・入院期間が短い(開腹手術10日程度に対し、腹腔鏡手術7日程度)
・術後せん妄や肺炎などの合併症の発生率が低い
特に高齢者では、傷が小さく早期に離床できるというメリットが大きく、体への負担が少ない腹腔鏡下手術が適していると考えられています。
ただし、腹腔鏡下手術は開腹手術より手術時間が長くなる傾向があります(平均30分~1時間程度)。また、がんの大きさや位置、過去の手術歴などによっては、腹腔鏡下手術が適さない場合もあります。
高齢者の大腸がん手術におけるメリット
高齢者であっても、手術によるメリットは大きいといえます。
根治の可能性
早期がんであれば、手術によりほぼ100%近い治癒率が期待できます。大腸がん全体でも約70%以上の方で完治が期待できるとされています。
85歳以上の超高齢者を対象とした研究では、手術後の無病生存率と全生存率は以下のように報告されています。
・ステージI:無病生存率90.9%、全生存率100%
・ステージII:無病生存率89.7%、全生存率100%
・ステージIII:無病生存率68.4%、全生存率75.9%
これらの数値は、適切な症例選択と手術手技により、高齢者でも良好な治療成績が得られることを示しています。
生活の質の改善
75歳以上の高齢者における胃がん・大腸がん切除術の調査では、術後6か月でほぼ術前と同等またはそれ以上の生活の質(QOL)が得られることが示されています。
手術により、がんによる症状(出血、痛み、腸閉塞など)から解放され、日常生活の質が向上する可能性があります。
高齢者の大腸がん手術におけるリスクとデメリット
高齢者の手術には、若い世代と比べていくつかのリスクがあります。
術後合併症
90歳以上の超高齢者における術後合併症の発生率は約26%と報告されています。主な合併症には以下のようなものがあります。
・腸閉塞(イレウス):約10%
・創感染:約9%
・縫合不全(吻合部漏出):約4%
また、高齢者に特有の合併症として、誤嚥性肺炎、深部静脈血栓症・肺塞栓症などのリスクも考慮する必要があります。
術後せん妄
高齢者の術後合併症の中で最も多いのが「術後せん妄」です。75歳以上の胃がん・大腸がんの手術例では、約27%の方に術後せん妄が起こるとされています。
術後せん妄とは、手術後1~3日経ってから急激に錯乱、幻覚、妄想状態が現れ、1週間前後続いて次第に落ち着いていく状態です。意識の混濁、最近の記憶の障害、場所や時間の認識ができなくなる(失見当識)などの症状が現れます。
特徴的な症状として、症状が1日の中でも変化し、夜間に悪化する傾向があります。多くの場合、適切な対応により回復しますが、高齢者や認知症のある方では、「認知症の悪化」と誤解されることもあります。
麻酔の影響と回復の遅さ
高齢者は手術後の麻酔の影響が大きく、若い世代と比べて回復が遅い傾向があります。術後1週間程度は意識が朦朧とする状態が続くこともあります。
また、もともと予備能力が低下しているため、一度合併症を起こした場合、重症化しやすく、治療が困難になる可能性があります。
認知機能への影響
術後認知機能障害は、手術や麻酔を受けた高齢者において、記憶・注意・遂行機能・言語などの認知機能に障害が現れる状態です。発症率は約15~50%と報告によって差がありますが、高齢者ほど多い傾向があります。
術後せん妄と異なり、症状の日内変動はなく、改善には時間を要するか、あるいは改善しない場合もあります。
高齢者の手術を安全に行うための取り組み
高齢者の手術リスクを減らすため、多くの医療機関では以下のような取り組みを行っています。
術前の総合的評価と準備
術前に全身状態を詳しく評価し、必要に応じて他科(呼吸器内科、循環器内科、糖尿病内科など)と連携して、体調を整えてから手術を行います。
例えば、呼吸機能が低い方には呼吸訓練を行い、糖尿病のある方には血糖値を厳密にコントロールするなど、個別の対策が取られます。
術後の早期離床とリハビリテーション
手術翌日からリハビリテーションを開始し、早期に歩行を促すことで、合併症の予防と早期回復を目指します。
2026年現在、多くの施設ではERAS(術後回復力強化プログラム)という、エビデンスに基づいたプロトコールによる周術期管理を行っています。これにより、合併症の減少や入院日数の短縮が実現されています。
クリニカルパスの活用
標準診療計画に基づいた医療を提供することで、質の高い医療を安定して提供できるようにしています。多職種が連携して、患者さんの回復を支援します。
手術を受けるかどうかの判断
高齢者のがん治療では、「治療による利益」と「治療による不利益」のバランスを慎重に考える必要があります。
考慮すべき点
・手術により得られる余命の延長が、元々の平均余命と比べてどの程度期待できるか
・手術に伴う副作用や合併症から回復できるか
・治療によって寝たきりの状態になる可能性はどの程度か
・本人の希望と、治療に対する意欲
高齢者では、標準治療を裏付ける臨床試験への参加者が少なく、また個人差が大きいため、「標準治療」が確立していません。そのため、担当医の経験と判断、そして患者さん本人の希望を総合して、治療方針が決定されます。
緩和医療という選択肢
全身状態によっては、積極的な手術治療よりも、症状を和らげて生活の質を保つ緩和医療が適している場合もあります。
緩和医療は終末期医療と誤解されがちですが、実際には生活の質の維持や向上だけでなく、延命効果も確認されています。
まとめ
80~90歳の高齢者であっても、全身状態が良好であれば大腸がんの手術は可能です。年齢そのものが手術の禁忌となることはありません。
現在では、100歳を超える方が手術を受けた事例も報告されており、医療技術の進歩により、高齢者でも比較的安全に手術を受けられるようになっています。
特に腹腔鏡下手術は、傷が小さく回復が早いため、高齢者に適した手術方法として広く普及しています。
ただし、高齢者の手術では、若い世代と比べて術後合併症のリスクが高く、特に術後せん妄や認知機能障害、麻酔からの回復の遅れなどに注意が必要です。
手術を受けるかどうかの判断には、全身状態の総合的な評価が重要です。心臓や肺の機能、栄養状態、日常生活の自立度、認知機能などを慎重に評価し、手術に耐えられるかどうかを判断します。
また、手術による利益と不利益のバランス、本人の希望、生活の質への影響なども考慮に入れて、患者さんとご家族、医療チームが一緒に治療方針を決めていくことが大切です。
参考文献・出典情報
2. 日本大腸肛門病学会誌「90歳以上超高齢者大腸癌手術症例についての検討」(2025年)
4. 国立がん研究センター「高齢の大腸がん患者さんに対する適正な標準治療を証明」(2024年)
6. 国立がん研究センター中央病院「大腸がんの手術について」