
がん患者さんと鉄分の関係を考える
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
がん患者さんやそのご家族から「鉄分は摂った方がいいのでしょうか、それとも控えた方がいいのでしょうか」という質問をよくいただきます。
鉄分とがんの関係は単純ではありません。鉄分は私たちの体に必要不可欠なミネラルですが、がんとの関わりについては近年多くの研究が進められており、その結果は一見矛盾するように見えることもあります。
この記事では、最新の研究結果を踏まえながら、がん患者さんが鉄分とどう向き合うべきかについて、できるだけ分かりやすく解説します。
鉄分とは何か 体内での役割を理解する
まず、鉄分が体内でどのような働きをしているのかを確認しておきましょう。
鉄は体内で主に2つの形で存在しています。1つは血液中のヘモグロビンや筋肉中のミオグロビンといったタンパク質の構成成分として働く「機能鉄」です。もう1つは肝臓などに蓄えられている「貯蔵鉄」です。
体内の鉄分のうち約70%は機能鉄として、残りの約30%は貯蔵鉄として存在しています。機能鉄が不足すると、貯蔵鉄が血液中に放出されて使われる仕組みになっています。
鉄分の主な働き
血液中の鉄は赤血球の成分として、肺で取り込んだ酸素を体内の細胞や組織にくまなく送り届ける役割を担っています。
筋肉や細胞にある鉄は、血液中の酸素を取り込んでエネルギーを産出する手助けをします。各細胞で酸素を活性化し、エネルギーの産出を助けているのです。
酸素が不足すると、細胞はさまざまな代謝をスムーズに行うことができないため、疲労感が起こったり、免疫力が低下したりします。このため、鉄分は健康維持に欠かせない栄養素といえます。
がんと鉄分の複雑な関係 最新研究が示すこと
鉄過剰状態とがんリスクの関連
2022年に発表された国立がん研究センターの多目的コホート研究では、体内の鉄の状態とがん罹患リスクの関連について重要な知見が得られています。
この研究では、約3万4000人を対象に15.6年間追跡調査を行い、鉄代謝マーカー(フェリチン、血漿鉄、ヘプシジン)の濃度とがん罹患の関連を調べました。
その結果、体内の鉄が過剰な状態(男性でフェリチン値300ng/ml以上、女性で200ng/ml以上)の人では、肝臓がんの罹患リスクが上昇することが示されました。
一方で、全体的ながん罹患リスクとの明確な関連は認められませんでした。つまり、鉄過剰状態は特定のがん、特に肝臓がんのリスク要因となる可能性がある一方で、すべてのがんに共通するリスク要因ではないということです。
鉄と腸内細菌による大腸がん進行のメカニズム
2022年に熊本大学の研究グループが発表した研究では、鉄と腸内細菌が大腸がんの進行を早めるメカニズムが明らかになりました。
歯周病の原因菌として知られるフソバクテリウム・ヌクレアタムという細菌が腸内に感染した大腸がん患者さんにおいて、全身の鉄量が多いと生存率が低下することが分かったのです。
研究では、このメカニズムとして、がん組織に蓄積した鉄が免疫細胞による炎症応答を増悪させることが見出されました。
ただし、この研究は特定の腸内細菌感染がある場合の話であり、すべての大腸がん患者さんに当てはまるわけではありません。
ヘム鉄と大腸がんリスクについての見解
海外の一部の研究では、動物性食品に多く含まれるヘム鉄が大腸がんのリスクを上げる可能性が報告されています。
しかし、国立がん研究センターの日本人を対象とした研究では、ヘム鉄の摂取と大腸がんの相関関係は認められませんでした。
欧米ではヘム鉄は主に赤肉や加工肉から摂取されており、これらに含まれる硝酸塩などのがん誘発物質によりリスク上昇があるのではないかと考えられています。日本人の食生活では、魚介類からもヘム鉄を摂取するため、欧米とは異なる結果になったと推測されます。
鉄を制御するがん治療研究の現状
岡山大学では、鉄キレート剤を用いてがん細胞内の鉄を減らすことで、がんを退縮させる治療法の研究が進められてきました。
2017年に発表された研究では、鉄キレート剤で細胞内の鉄を減らすと、がん幹細胞の性質が失われることが世界で初めて発見されました。がん幹細胞はがんの再発や治療抵抗性の原因と考えられており、通常の抗がん剤では抑制が難しいものです。
また、2013年の研究では、がんの鉄分をコントロールしながら血管新生を阻害する治療法も開発されています。がんは鉄分が減ると増殖速度が抑制されますが、その状況を打開するために血管を新たに引き込もうとします。この防御機構を逆手に取り、鉄量を人為的にコントロール(除鉄)することで、がんを追い込まれた状態に誘導し、血管新生阻害薬で治療するという新しいアプローチです。
ただし、これらはまだ研究段階です。鉄は吸収されにくいうえ、貯蔵鉄が鉄の吸収を制御しているため、必要以上に吸収されにくい性質があります。健康を阻害するほど鉄を欠乏させるのは困難なため、実用化には課題があります。
| 研究機関 | 研究内容 | 主な知見 | 発表年 |
|---|---|---|---|
| 国立がん研究センター | 鉄代謝マーカーとがん罹患リスクの関連 | 鉄過剰状態で肝臓がんリスクが上昇 | 2022年 |
| 熊本大学 | 鉄と腸内細菌による大腸がん進行 | 特定の腸内細菌感染時、鉄過剰で進行が早まる | 2022年 |
| 岡山大学 | 鉄キレート剤によるがん治療 | 鉄制御でがん幹細胞性が喪失 | 2017年 |
| 国立がん研究センター | ヘム鉄と大腸がんの関連 | 日本人では相関関係なし | 既報 |
がん治療中の貧血と鉄分の必要性
ここまでは鉄過剰のリスクについて述べてきましたが、がん患者さんにとっては鉄分不足も深刻な問題です。
がん患者さんに貧血が起こる理由
がんやがんの治療の影響で貧血が起こることは珍しくありません。国立がん研究センターの情報によると、貧血の原因は以下のように多岐にわたります。
がん自体による影響として、がん細胞が骨髄に浸潤すると、血液を作る働きが低下します。また、消化管のがんなどでは慢性的な出血が起こり、鉄分が失われます。
抗がん剤や放射線治療は、骨髄の血液細胞を作る働きを低下させることがあります。特に化学療法や放射線療法を受けている患者さんでは、一時的に赤血球の産生が減少します。
食事摂取量の低下により、赤血球やヘモグロビンを作るタンパク質や鉄分、ビタミン類などが不足することもあります。
貧血の症状と影響
貧血になると、立ちくらみ、息切れ、めまい、倦怠感などの症状が現れます。重い貧血の場合、安全のためにがんの治療を中断することもあります。
貧血による倦怠感が強いときは、楽な姿勢でこまめに休息を取る必要があります。日常生活への影響も大きく、生活の質(QOL)が低下します。
がん治療中の貧血への対応
貧血の治療は、原因に対する治療と、症状を改善するための対症療法があります。
がんの治療と並行しながら、貧血の原因や程度に応じて鉄剤やビタミン剤を用いた治療を行います。出血が原因となっている場合は、止血剤を使ったり、内視鏡治療や手術によって止血を試みたりします。
つまり、がん患者さんにとって鉄分は、不足すれば貧血を招き治療継続に支障をきたす一方で、過剰になれば一部のがんのリスクを高める可能性があるという、バランスが重要な栄養素なのです。
鉄分を適切に摂るための具体的な方法
食品からの鉄分摂取
鉄分は過剰になって人体に悪影響を及ぼすリスクは低く、むしろ不足しがちなミネラルです。日本人の食事摂取基準(2025年版)によると、成人男性は7.5mg、月経のある女性は10.5mg程度の鉄分を1日に摂取することが推奨されています。
ただし、この推奨量は健康な人を対象としたものです。がん患者さんの場合は、主治医や管理栄養士と相談しながら、個々の状態に応じた摂取量を決めることが大切です。
鉄分が豊富な食品
鉄分は動物性食品と植物性食品の両方から摂取できますが、それぞれ特徴があります。
動物性食品にはタンパク質と結合したヘム鉄が多く含まれます。ヘム鉄を多く含む食品には、アサリ、ハマグリ、カツオなどの魚介類、レバーなどがあります。
植物性食品には非ヘム鉄が豊富です。大豆製品、小松菜などの青い葉野菜、ひじきなどに多く含まれています。
| 食品の種類 | 代表的な食品 | 鉄分の種類 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 魚介類 | アサリ、ハマグリ、カツオ、まいわし | ヘム鉄 | 吸収率が高い |
| 肉類 | レバー(牛・豚・鶏) | ヘム鉄 | 吸収率が高い |
| 大豆製品 | 大豆、凍り豆腐、がんもどき、納豆 | 非ヘム鉄 | ビタミンCと一緒に摂ると吸収率向上 |
| 野菜類 | 小松菜、ほうれん草、葉大根 | 非ヘム鉄 | ビタミンCと一緒に摂ると吸収率向上 |
| 乾物 | 切り干し大根、ひじき | 非ヘム鉄 | 保存がきき常備しやすい |
鉄分の吸収を高める工夫
非ヘム鉄はヘム鉄より吸収率が低いものの、ビタミンCと一緒に摂ることで吸収率が良くなります。植物性の食品から鉄分を摂るときは、レモンやみかんなどの柑橘類、ピーマン、ブロッコリー、キウイフルーツ、いちごといったビタミンCが豊富な野菜や果物を上手に利用することが大切です。
例えば、小松菜のおひたしにレモン汁をかける、大豆料理にトマトを組み合わせるといった工夫が有効です。
鉄分摂取で注意すべきこと
鉄分は必要な栄養素ですが、サプリメントなどで過剰に摂取することは避けるべきです。特に、肝機能障害がある方、肝臓がんのリスクが高い方は、主治医に相談せずに鉄剤やサプリメントを使用しないようにしましょう。
また、鉄分の吸収を妨げる成分もあります。お茶やコーヒーに含まれるタンニン、一部の食物繊維は鉄分の吸収を阻害するため、食事と同時に大量に摂取することは避けた方がよいでしょう。
がん患者さんが鉄分と向き合うために
主治医との相談が基本
がん患者さんの場合、鉄分の摂取については必ず主治医や医療スタッフと相談することが基本です。貧血の有無、がんの種類や進行度、治療の内容、肝機能の状態など、個々の状況によって適切な対応は異なります。
血液検査でヘモグロビン値、フェリチン値などを定期的にチェックし、鉄分の状態を把握することも重要です。
バランスの取れた食事を心がける
鉄分だけに注目するのではなく、タンパク質、ビタミン、ミネラルをバランスよく摂取することが大切です。がん治療中は食欲が低下することも多いですが、少量ずつでも栄養価の高い食事を心がけましょう。
症状があれば早めに相談
立ちくらみ、息切れ、めまいなどの貧血の症状がみられる場合は、具体的な症状を医師や看護師に伝えましょう。手足のしびれ、手足の知覚が鈍い、便に血液が混じる、月経ではない時期や閉経後に出血があるといった症状がある場合も、貧血が起こっている可能性があります。
特に、濃い茶色や真っ赤な嘔吐物や、真っ赤または真っ黒な便が出るときは出血量が多く、緊急の対応が必要になることがあります。すぐに担当医に連絡してください。
生活の工夫
貧血による倦怠感が強いときは、楽な姿勢でこまめに休息を取りましょう。帰宅後、入浴後、食後などは休息をして次の行動に移ることが大切です。少しでもリラックスできる時間を作ることは、気分転換にもなり疲労の回復に効果的です。
周りの人に協力してもらうことが難しい場合は、生活で工夫できることや、利用できる福祉サービスなどについて、看護師やがん相談支援センターの相談員などに相談してみましょう。
研究は進んでいるが実用化には時間が必要
鉄とがんの関係についての研究は確実に進んでいます。鉄キレート剤を用いたがん治療の研究も継続されており、将来的には新しい治療法として確立される可能性があります。
しかし、現時点では研究段階であり、日常の診療に取り入れられているわけではありません。「鉄分を極端に減らせばがんが治る」といった単純な話ではないのです。
むしろ、がん患者さんにとっては、貧血を防ぎながら治療を継続することが優先事項です。鉄分は不足しないように、しかし過剰にならないように、適切な量を摂取することが重要です。
まとめに代えて 思考整理のポイント
がんと鉄分の関係は、以下のように整理できます。
研究では、鉄過剰状態が一部のがん(特に肝臓がん)のリスクを高める可能性が示されています。ただし、これはフェリチン値が男性で300ng/ml以上、女性で200ng/ml以上という明確な過剰状態の場合です。
一方で、がん患者さんの多くは治療の影響や食事摂取量の低下により、むしろ鉄分不足による貧血のリスクが高い状況にあります。貧血は治療継続の妨げになり、生活の質を低下させます。
したがって、現時点でのがん患者さんにとっての実践的な対応は以下のようになります。
定期的な血液検査で鉄分の状態(ヘモグロビン値、フェリチン値など)を把握すること。貧血がある場合は適切に治療を受けること。食事からバランスよく鉄分を摂取すること。サプリメントなどでの過剰摂取は避けること。個々の状況に応じて主治医と相談しながら対応を決めること。
鉄分は私たちの健康に欠かせない栄養素です。がんとの関係についてはまだ研究が進められている段階ですが、極端に恐れることも、無頓着になることもなく、適切に向き合っていくことが大切です。
ご自身の状況に応じた最適な対応については、必ず主治医や医療スタッフと相談しましょう。
参考文献・出典情報
- 国立がん研究センター 多目的コホート研究「血中鉄代謝マーカー濃度とがん罹患リスクとの関連について」
- 熊本大学「鉄と腸内細菌が大腸がんの進行を早める仕組みを解明」
- 岡山大学「がん細胞内の鉄を制御することで幹細胞性が喪失 がんの新規治療法の確立へ」
- 岡山大学「鉄をコントロールしてがんを追い込む新治療法を開発」
- 国立がん研究センター がん情報サービス「貧血」
- 国立がん研究センター東病院「がん症状別レシピ検索 貧血」
- 国立がん研究センター 多目的コホート研究「亜鉛・ヘム鉄摂取と大腸がんとの関連について」
- アリナミン健康ナビ「鉄分の多い食べ物は?吸収率を上げる方法や効率的に摂取する方法を紹介」
- Sysmex Medical meets Technology「肝臓がん、体内の鉄過剰状態で罹患リスクが上昇」
- 国立がん研究センター「がんの統計2025」