
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
前立腺がんの治療として前立腺全摘除術を受けた後、多くの患者さんが直面する問題の一つが排尿障害です。
特に尿失禁や尿もれは、手術を受けた方のほとんどが経験する後遺症といえます。多くの場合、時間の経過とともに症状は改善していきますが、一部の患者さんでは重症化し、日常生活に大きな影響を及ぼすことがあります。
この記事では、前立腺がん手術後の排尿障害の中でも、特に重度の尿失禁に対する治療法である人工尿道括約筋埋め込み術について、その特徴や対処法を詳しく解説します。
前立腺がん手術後の排尿障害の実態と特徴
前立腺全摘除術後の尿失禁の発生状況
前立腺全摘除術は、前立腺がんの根治を目指す標準的な治療法の一つです。手術では前立腺と精嚢を完全に摘出し、膀胱と尿道をつなぎ直します。
この手術によって、排尿をコントロールする筋肉や神経が影響を受けるため、術後の尿失禁は避けられない後遺症として知られています。
手術直後はほぼすべての患者さんに尿失禁が見られますが、多くの場合は3か月から6か月程度で改善していきます。1年経過した時点では、軽度の尿もれを含めて何らかの症状が残る方は全体の約10〜20%程度とされています。
重症化する排尿障害の割合と影響
しかし、手術を受けた患者さんの約1〜3%程度は、骨盤底筋体操や薬物療法などの保存的治療を行っても改善が見られない重度の尿失禁に悩まされることになります。
重度の尿失禁とは、膀胱に尿を貯めておく機能が著しく低下し、常に尿が漏れ出してしまう状態を指します。このような状態では、尿もれパッドを1日に何枚も使用する必要があったり、日常的におむつに頼らざるを得なくなったりします。
がんそのものの治療は成功しても、このような排尿障害が続くことで患者さんの精神的ストレスは大きく、QOL(生活の質)が著しく損なわれることになります。
外出時の不安、においへの心配、頻繁なパッド交換の負担など、日常生活のあらゆる場面で制約を感じることになるのです。
人工尿道括約筋とは何か
人工尿道括約筋の構造と仕組み
人工尿道括約筋(Artificial Urinary Sphincter, AUS)は、尿道を物理的に圧迫して閉鎖することで、尿失禁を防ぐ医療デバイスです。
この装置は主に3つの部品で構成されています。尿道の周囲に巻きつけるカフ、液体を貯めておく圧力調整バルーン、そして操作用のポンプです。これらはすべて体内に埋め込まれます。
通常時はカフが尿道を圧迫して閉じており、尿が漏れない状態を保ちます。排尿したい時には、陰嚢内に埋め込まれたポンプを数回押すことでカフ内の液体が圧力調整バルーンに移動し、尿道が開いて排尿できる仕組みになっています。
排尿後は自動的にカフ内に液体が戻り、再び尿道を圧迫して閉鎖します。
保険適用と費用の変遷
人工尿道括約筋の埋め込み術は、以前は100万円以上の高額な自費診療でした。このため、経済的な理由で治療を受けられない患者さんも多く存在していました。
しかし、2012年4月に保険適用となったことで、治療へのアクセスが大きく改善されました。現在は健康保険が適用されるため、高額療養費制度を利用することで自己負担額を抑えることができます。
実際の自己負担額は、患者さんの年齢や所得によって異なりますが、高額療養費制度を利用すれば月額の上限額(一般的な所得の方で約9万円程度)で済むケースが多くなっています。
人工尿道括約筋埋め込み術の適応条件
手術を受けられる患者さんの条件
人工尿道括約筋の埋め込み術は、すべての排尿障害の患者さんに適用されるわけではありません。いくつかの条件を満たす必要があります。
まず、前立腺全摘除術後に発生した重度の尿失禁であることが前提となります。骨盤底筋体操や薬物療法などの保存的治療を1〜2年程度継続しても改善が見られない場合が対象です。
また、膀胱や尿道に構造的な異常がないことが必須条件となります。膀胱の容量が極端に小さい、尿道に狭窄がある、膀胱の収縮機能に問題があるなどの場合は、人工尿道括約筋を埋め込んでも十分な効果が得られないためです。
手術前には必ず尿流動態検査などの詳しい検査を行い、膀胱と尿道の機能を評価します。
治療対象外となるケース
以下のような状態の患者さんは、人工尿道括約筋の埋め込み術の対象外となることがあります。
| 対象外となる条件 | 理由 |
|---|---|
| 膀胱容量が極端に少ない | 十分な尿を貯められず効果が限定的 |
| 尿道狭窄がある | 装置が正常に機能しない可能性 |
| 膀胱の過活動がある | 頻尿症状が改善されない |
| 重度の認知機能障害がある | 装置の操作が困難 |
| 手の巧緻性に問題がある | ポンプの操作ができない |
| 活動性の感染症がある | 感染リスクが高い |
担当医は患者さんの全身状態、認知機能、手指の動き、生活環境なども総合的に評価したうえで、手術の適応を判断します。
人工尿道括約筋埋め込み術の手術内容と入院期間
手術の方法と所要時間
人工尿道括約筋の埋め込み術は全身麻酔下で行われます。手術時間は通常1時間半から2時間程度です。
手術では、会陰部(陰嚢と肛門の間)と下腹部に小さな切開を加えます。尿道の周囲にカフを巻きつけ、圧力調整バルーンは下腹部の筋肉の裏側に設置します。ポンプは陰嚢内に埋め込まれ、これらをチューブでつなぎ合わせます。
手術は泌尿器科の中でも専門的な技術を要するため、この手術の経験が豊富な医療機関で受けることが望ましいといえます。
術後の経過と入院スケジュール
手術翌日には、多少の痛みはあるものの歩行が可能になり、食事も開始できます。痛みに対しては鎮痛薬で対応します。
術後2日目には尿道カテーテルと腹部ドレーン(手術部位から出る体液を排出するチューブ)が抜去されます。3日目にはシャワー浴が許可されることが一般的です。
入院中は毎日、創部の状態や感染症の兆候がないかを確認します。特に問題がなければ、術後1週間以内に退院できるケースがほとんどです。
| 術後の経過 | 状態と処置 |
|---|---|
| 手術当日 | 全身麻酔からの回復、安静 |
| 術後1日目 | 歩行開始、食事開始 |
| 術後2日目 | 尿道カテーテル・ドレーン抜去 |
| 術後3日目 | シャワー浴許可 |
| 術後5〜7日目 | 退院 |
| 術後6〜8週間 | 装置の作動開始(1泊2日入院) |
装置の作動開始までの期間
手術直後は人工尿道括約筋を作動させません。これは、手術による組織の腫れや炎症が落ち着くのを待つためです。
術後6〜8週間が経過し、創部が完全に治癒した段階で、1泊2日程度の入院をして装置を実際に使い始めます。この時に医師や看護師から装置の操作方法について詳しい説明を受けます。
ポンプの押し方、排尿のタイミング、日常生活での注意点などを習得してから退院となります。
人工尿道括約筋の効果と患者さんの満足度
治療効果の実際
人工尿道括約筋を埋め込むことで、完全に尿失禁がなくなるわけではありません。しかし、多くの患者さんで症状は大きく改善します。
手術前には1日に何枚もの尿もれパッドやおむつが必要だった方でも、手術後は1日1枚程度のパッド使用で対応できるようになるケースが多く報告されています。
また、尿もれの量が減ることで、においへの不安が軽減され、外出時の心理的負担も軽くなります。パッドやおむつの費用も抑えられるため、経済的な面でもメリットがあります。
長期使用の実績と耐久性
人工尿道括約筋は、感染症や初期不良がなければ長期間の継続使用が可能です。実際に10年以上継続して使用している患者さんも珍しくありません。
海外の研究では、5年後の装置生存率(正常に機能している割合)は約70〜80%、10年後でも約60〜70%と報告されています。
装置に不具合が生じた場合や、効果が不十分になった場合には、再手術で装置を交換することも可能です。
患者さんの満足度調査結果
人工尿道括約筋を埋め込んだ患者さんの満足度は一般的に高いとされています。
国内外の複数の研究で、手術を受けた患者さんの70〜90%が「満足している」または「非常に満足している」と回答しています。
満足度が高い理由としては、尿もれの量が減少したこと、外出や社会活動への参加がしやすくなったこと、精神的ストレスが軽減したことなどが挙げられます。
人工尿道括約筋のリスクと合併症
感染症のリスク
体内に異物を埋め込む手術であるため、感染症のリスクは避けられません。感染が起きる確率は5〜10%程度と報告されています。
感染が起きた場合、抗生物質での治療を試みますが、改善しない場合は装置を一旦取り出す必要があります。感染が完全に治まった後、数か月経過してから再度埋め込み手術を行うことも可能です。
装置の不具合
人工尿道括約筋は機械装置であるため、カフの破損、チューブの損傷、ポンプの故障などの不具合が起きる可能性があります。不具合が生じた場合は、問題のある部品を交換する手術が必要になります。
尿道びらんと組織の圧迫
カフによる持続的な圧迫によって、尿道の組織が損傷する「尿道びらん」が起きることがあります。発生率は5%前後とされています。
尿道びらんが起きた場合、装置を取り外して尿道の回復を待つ必要があります。
| 合併症 | 発生率 | 対処法 |
|---|---|---|
| 感染症 | 5〜10% | 抗生物質治療、必要に応じて装置除去 |
| 装置の不具合 | 10〜15% | 問題部品の交換手術 |
| 尿道びらん | 約5% | 装置除去、尿道の回復待ち |
| 尿閉(排尿困難) | 数% | カフ圧の調整、カテーテル処置 |
人工尿道括約筋埋め込み術を受けられる医療機関
専門施設の選び方
人工尿道括約筋の埋め込み術は、専門的な技術と経験を要する手術です。すべての泌尿器科で行われているわけではないため、実績のある医療機関を選ぶことが重要です。
大学病院やがん専門病院、地域の基幹病院の泌尿器科で、前立腺がん治療の経験が豊富な施設を選ぶとよいでしょう。
主治医に相談して紹介してもらう方法や、セカンドオピニオンとして専門施設を受診する方法があります。
手術前の確認事項
手術を検討する際には、以下の点を医療機関に確認することが推奨されます。
・年間の手術件数と実績
・術後の成功率と合併症の発生率
・装置の長期使用実績
・再手術が必要になった場合の対応
・術後のフォローアップ体制
これらの情報をもとに、治療を受ける施設を選択することが大切です。
日常生活での装置の使用方法と注意点
排尿時の操作手順
人工尿道括約筋を使った排尿は、慣れれば自然に行えるようになります。
排尿したい時には、陰嚢内に埋め込まれたポンプを指で探し、親指と人差し指で数回(通常3〜5回程度)しっかりと押します。カフ内の液体が圧力調整バルーンに移動し、尿道が開いて排尿できるようになります。
排尿後、数分以内に自動的にカフに液体が戻り、尿道が再び閉鎖されます。
日常生活での制限
外見上は、人工尿道括約筋が埋め込まれていることはまったく分かりません。通常の衣服を着用でき、入浴も問題なく行えます。
ただし、激しいスポーツや陰部への強い衝撃は避ける必要があります。また、MRI検査を受ける際には、装置が埋め込まれていることを必ず医療スタッフに伝える必要があります。
定期的なフォローアップ
手術後は定期的に外来を受診し、装置が正常に機能しているか、感染の兆候がないか、尿失禁の状態はどうかなどを確認します。
最初の1年間は3か月ごと、その後は6か月から1年ごとの受診が一般的です。
その他の治療選択肢との比較
尿道スリング手術
人工尿道括約筋以外にも、重度の尿失禁に対する治療法として尿道スリング手術があります。これは合成メッシュを尿道の下に設置して支える方法です。
人工尿道括約筋と比べると手術時間が短く、費用も抑えられるメリットがありますが、重度の尿失禁に対する効果は人工尿道括約筋のほうが優れているとされています。
尿道バルーン注入療法
尿道周囲にコラーゲンやシリコンなどの物質を注入して尿道を狭くする方法もあります。侵襲が少ない利点がありますが、効果は限定的で、重度の尿失禁には適さないことが多いです。
| 治療法 | 侵襲度 | 効果 | 適応 |
|---|---|---|---|
| 人工尿道括約筋 | 高い | 高い | 重度の尿失禁 |
| 尿道スリング手術 | 中程度 | 中程度 | 中等度〜重度の尿失禁 |
| バルーン注入療法 | 低い | 限定的 | 軽度〜中等度の尿失禁 |
治療を選択する際の考え方
自分の状態を理解する
人工尿道括約筋の埋め込み術を検討する際には、まず自分の尿失禁の程度を正確に把握することが大切です。
1日に使用するパッドの枚数、尿もれの頻度、日常生活への影響度などを記録し、主治医と共有しましょう。
生活の質を重視した判断
手術にはリスクも伴いますが、重度の尿失禁によって失われている生活の質を取り戻せる可能性があります。
外出を控えている、趣味を楽しめない、家族や友人との交流が減っているなど、QOLが著しく低下している場合は、手術という選択肢を前向きに検討する価値があります。
医療チームとの十分な相談
人工尿道括約筋の埋め込み術は、患者さん自身が装置を操作し、長期的に付き合っていく治療法です。
手術を受けるかどうかは、泌尿器科医、看護師、理学療法士など医療チームと十分に相談し、メリットとリスクを理解したうえで決定することが重要です。
セカンドオピニオンを活用することも、納得のいく治療選択につながります。
まとめにかえて
前立腺がん手術後の重度な排尿障害は、患者さんのQOLに大きな影響を与える後遺症です。
保存的治療で改善が見られない場合でも、人工尿道括約筋という治療選択肢があることを知っておくことは大切です。
2012年に保険適用となったことで、以前よりも治療を受けやすくなりました。手術にはリスクも伴いますが、多くの患者さんが満足度の高い結果を得ています。
重度の尿失禁に悩んでいる方は、一人で抱え込まず、まず主治医に相談してみてください。専門施設での評価を受けることで、自分に適した治療法が見つかる可能性があります。
参考文献・出典情報
American Urological Association
National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases

