こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
がんと診断されたとき、多くの患者さんは深刻な不安やストレスに直面します。しかし近年、「笑い」が免疫システムに与える影響について、科学的な研究が進んでいます。
笑うことでがんが治るわけではありませんが、笑いが持つ効果を正しく理解することで、治療を支える手段として活用できる可能性があります。
この記事では、がん患者さんにとって笑いが持つ意味と、国内外で行われた研究結果を詳しく解説します。
がん細胞と免疫システムの関係性
私たちの体内では、健康な人でも毎日約3,000から6,000個のがん細胞が発生しているとされています。これは細胞分裂の過程で避けられない現象です。
しかし、多くの人ががんを発症せずに済んでいるのは、免疫システムが日々これらの異常細胞を排除しているからです。その中核を担っているのが、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)という免疫細胞です。
NK細胞は体内に約50億個存在し、がん細胞やウイルスに感染した細胞を見つけ次第攻撃する「免疫の要」として機能しています。NK細胞は他の免疫細胞と異なり、事前の感作なしに異常細胞を直接攻撃できる特性を持っています。
日本における笑いと免疫に関する科学的な研究の歴史
笑いと免疫機能の関係について、日本では1990年代初頭から研究が行われてきました。1991年、吉本興業の「なんばグランド花月」で行われた実験が、その先駆けとなりました。
この実験では、がんを含む疾患を持つ19人の患者さんに漫才・漫談・吉本新喜劇を約3時間鑑賞してもらい、笑う前後でNK細胞の活性がどう変化するかを調べました。
測定可能だった18人のうち、14人でNK細胞の活性度が上昇していることが確認されました。特に注目すべきは、笑う前にNK活性の数値が低かった人は正常範囲まで上昇し、もともと高かった人の多くも正常近くの数値に落ち着いたという点です。
さらに、楽しくない状況でも作り笑いをした場合でも、NK活性が正常に働ける状態になることも分かりました。この研究結果は、笑いが免疫機能に影響を与える可能性を示唆する重要な発見となりました。
大阪国際がんセンターによる科学的な研究成果
2017年5月から、大阪国際がんセンターは吉本興業、松竹芸能、米朝事務所と協力し、「笑いとがん医療の実証研究」を実施しました。この研究は「わろてまえ劇場」と名付けられ、2週間に1回、計8回にわたって院内のホールで落語や漫才を開催しました。
研究には60名のがん患者さんが参加し、笑いの舞台を鑑賞したグループと鑑賞しなかったグループに分けて比較されました。2018年5月に発表された結果によると、鑑賞したグループではNK細胞を活性化するタンパク質を作る能力が平均で1.3倍上昇し、NK細胞自体も増加する傾向が見られました。
さらに重要な発見として、患者さんの心理面での変化があります。緊張、抑うつ、疲労などの6項目すべてで改善が認められ、がんに伴う痛みについても改善が確認されました。
この研究結果は、笑いが単なる気分転換を超えた医学的効果を持つ可能性を科学的に示しています。
近畿大学と吉本興業による最新の科学的な研究データ
2023年8月に発表された近畿大学医学部と吉本興業の共同研究では、がん経験者50人を対象に、お笑いDVDを毎日15分以上、4週間鑑賞してもらい、その効果を検証しました。
この研究では、以下の9項目について評価が行われました。
| 評価項目 | 内容 |
|---|---|
| FACT-G | がん経験者の生活の質評価 |
| EQ-5D-3L | 健康関連QOL評価 |
| EQ-VAS | 健康状態の自己評価 |
| HADS-A | 不安の評価 |
| HADS-D | うつの評価 |
| BAP | 抗酸化力の評価 |
| d-ROMs | 酸化ストレスの評価 |
| OSI | 酸化ストレス指数 |
| BAP/d-ROMs | 抗酸化・酸化ストレス比 |
結果として、健康関連の生活の質、抗酸化能力、不安、うつなどの改善効果が確認されました。特に、2週間以上継続してお笑いを鑑賞することで、これらの項目に有意な改善が見られたことが報告されています。
この研究は、がん経験者の健康関連の生活の質向上に向けた「笑い」の新たな効果的活用の可能性を示しています。
笑いが免疫システムに与える科学的メカニズム
では、なぜ笑うことでNK細胞が活性化されるのでしょうか。そのメカニズムについて解説します。
私たちが笑うと、脳の間脳にある免疫コントロール機能が興奮し、神経ペプチドという情報伝達物質が活発に生産されます。この「善玉」の神経ペプチドが血液やリンパ液を通じて全身に流れ、NK細胞の表面に付着してこれを活性化します。
わずか5分間笑うだけでNK細胞が活性化されるのに対し、注射による活性化には3日を要するとされています。これは、笑いが持つ即効性の高さを示しています。
一方で、悲しみやストレスなどのマイナス感情は、NK細胞の働きを鈍らせ、免疫力を低下させることも明らかになっています。阪神・淡路大震災後の被災者調査では、震災から1年経過してもNK活性が低いままという報告もありました。
ストレスと免疫機能の関係性
順天堂大学の調査では、ストレスを受けるとNK細胞の活性が低下することが確認されており、逆にストレスを上手に受け流すことができる人は、NK細胞の活性を維持しやすいことが分かっています。
ある医学部で行われた実験では、卒業試験という強いストレス状況下にある医学生のNK細胞活性を測定しました。試験期間中はほとんどの学生でNK細胞の活性がかなり低下し、試験終了の2週間後には上昇していました。
興味深いことに、試験に不合格だった学生2人は、試験後もNK細胞の活性が低下し続けていました。これは、ストレスが持続すると免疫力がどんどん低下することを示しています。
笑いによる自律神経への効果
笑いの最も重要な効果の一つは、ストレス軽減と自律神経のバランス改善にあります。笑うと交感神経が優位になった後、急激に副交感神経が優位になることで、自律神経の働きが整います。
これにより、幸せホルモンと呼ばれるセロトニンなどの脳内ホルモンが分泌され、免疫の大敵であるストレスが軽減されます。セロトニンには気分を安定させる作用があり、うつ状態の予防にも効果があるとされています。
自律神経は交感神経と副交感神経に分けられ、両方がバランスをとりながら働いています。免疫細胞が存在する白血球は自律神経の支配下にあり、交感神経が優位になると顆粒球が増え、副交感神経が優位になるとリンパ球が増えます。
両方がバランスよく働くことで、免疫細胞それぞれの役割が機能します。そのため、自律神経が乱れてしまうと、免疫力も下がってしまうのです。
笑いの効果に関する海外の事例
アメリカのノーマン・カズンズさんは、1964年に強直性脊椎炎という難病にかかりました。確立された治療法がない中、彼はビタミンCの大量投与と「10分間大笑いする方法」を実行しました。
連日続けた結果、苦しい痛みが和らぎ、歩けるようになり、数か月後には職場復帰できるまで回復しました。1980年に心筋梗塞を患った際も、再び笑うことを中心としたプラス思考を持ち続け、心筋梗塞を克服したという記録が残っています。
このような体験談は、笑いが難病克服の要素となる可能性を示唆していますが、これはあくまでも個人の体験であり、すべての人に同じ効果があるとは限りません。
笑いの効果の限界と注意点
ここまで笑いの効果について説明してきましたが、重要な注意点があります。NK細胞は確かに重要な免疫細胞ですが、体温のように一定の範囲内で変動するものです。
健康な状態では大きく変化することは少なく、病気の要因になるほど低下することは生命に関わる状況です。つまり、笑いによってNK活性が高まっても、がんを根本的に治療できるほどの変化は期待できません。
もし笑いだけで免疫力が上がるなら、生活習慣が乱れていても楽観的で毎日笑っている人は、がんにならないはずです。しかし実際には、そうした単純な関係性は成り立ちません。
笑いはあくまで補完的な役割であり、根本的な治療に代わるものではありません。適切な医学的治療を受けながら、心身の健康をサポートする手段として笑いを活用することが重要です。
作り笑いでも効果がある理由
興味深いことに、作り笑いでも免疫力を高める効果があることが実験で確認されています。アメリカの哲学者・心理学者のウィリアム・ジェームズは「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい」という言葉を残しました。
脳は作り笑いと本物の笑いを区別できないため、作り笑いでも脳に対しては同等の効果があると言われています。実際に、NK細胞の働きが弱い人や基準値の人が作り笑顔を続けた後に、NK細胞が活性化するという実験結果が出ています。
笑う機会がないときは、鏡に向かって「あ・は・は・は」と笑うことも有効です。顔の表情筋を動かすだけでも、脳は笑っていると認識し、それに応じた反応を示します。
医療現場で広がる笑いの活用
現在、医療や介護の現場では「笑い療法士」という民間資格を持つ専門家が活躍しています。一般社団法人癒しの環境研究会が2005年から養成を始め、これまでに医療・介護従事者を中心に約1,000人が資格を取得しています。
がんなどの重い疾患にかかった場合、多くの人はショックを受けて気落ちしがちです。そうした人に寄り添って安心して笑顔になってもらい、活力を引き出すのが療法士の役割です。
ただし、笑い療法士は医療従事者ではなく、治療行為を行うわけではありません。あくまでも心理的なサポートを提供する存在です。
笑いヨガ(ラフターヨガ)という新しいアプローチ
最近注目されているのが「笑いヨガ」または「ラフターヨガ」です。これは1995年にインドの医師マダン・カタリア博士によって考案された健康法で、笑いの体操とヨガの呼吸法を組み合わせたものです。
笑いヨガの特徴は、ユーモアやジョーク、コメディを使わず、理由なく笑うという点です。難しいヨガのポーズをとる必要はなく、子どもからご高齢の方まで誰でも簡単に行えます。
笑いヨガでは、まず「ホッホッ・ハッハッ」と声に出して笑うことから始めます。これにより、無言で運動するより多くの酸素を体内に取り込むことができます。脳は作り笑いと本物の笑いを区別できないため、作り笑いでも同等の効果が期待できます。
現在、笑いヨガは世界100カ国以上に広がっており、日本でも全国各地で実践されています。グループで行うエクササイズでは、参加者同士でアイコンタクトをしながら一緒に笑い、楽しい時間を過ごせます。
気分が晴れやかになり、きつい運動も楽しみながら続けやすいという利点があります。体力に自信のない方向けの無理のないプログラムもあり、座ったままで行うことも可能です。
認知症予防にも効果的な笑いの力
大阪府立健康科学センターが健診を受けた八尾市の住民を調べた結果、65歳以上の985人のうち、ほとんど笑う機会がない人は、ほぼ毎日笑う人に比べて認知機能が低下する危険性が2.15倍も高いことが分かりました。
この結果は、笑いが脳の健康維持にも重要な役割を果たすことを示しています。笑うことで脳の血流が改善され、認知機能の維持に寄与すると考えられています。
大阪大学大学院医学系研究科の研究では、笑いの頻度と認知症との関連について大規模疫学研究が行われています。笑いの頻度を維持することが認知症予防につながる可能性が示唆されています。
日常生活に笑いを取り入れる具体的な方法
日本笑い学会副会長で医師の昇幹夫さんは、「落語のDVDを聴くのもいいし、寄席に足を運んでもいい。好きなことをやれば笑顔になれる」とアドバイスしています。
家族や友人との楽しいおしゃべり、笑顔でのあいさつ、自分の好きなことに熱中することなど、自然に笑顔になれる環境作りが大切です。
プロ野球の熱心なファンについての実験では、応援に行く前から期待だけでNK細胞の活性が高まり、試合後は勝ったチームのファンはもちろん、負けたチームのファンでもさらに細胞活性が増加していたという報告があります。
好きなことに一生懸命取り組むこと自体が、NK細胞の活性化につながるのです。カラオケ好きな人が熱唱するとNK細胞が活性化するという実験結果もあります。
無理をしない笑いの取り入れ方
笑いには健康効果がありますが、無理に笑うことはストレスになります。本当に辛いときや希望を持てないときには、笑うことは困難です。
そんなときに「これから漫才を見せるから笑おう」と言われても、内容が頭に入ってこないでしょう。がんの告知を受けた直後などは、どう闘うか、仕事をどうするか、家族にどう伝えるかなど、真剣に考えることが重要です。
心配事があるときは、それを解決することが先決です。休息の時間に、ほっとひと息つける笑いがあれば、それを求めればよいのです。
笑いたいときに笑う、笑顔を忘れているなと気づいたときに笑顔を作る、それが自然で健康的な笑いの取り入れ方です。笑いは強制されるものではなく、自分のペースで取り入れることが重要です。
糖尿病や関節リウマチへの効果
笑いの医学的効果は、がんだけでなく他の疾患にも及びます。筑波大学の村上和雄名誉教授は、糖尿病患者を対象に実験を行いました。
ネガティブなストレスによって血糖値が増加するなら、ポジティブなストレス、すなわち快く思う、楽しい、嬉しい気持ちは血糖を下げるのではないかという仮説のもと、お笑いを鑑賞させる実験を実施しました。
その結果、笑いによって血糖値の改善が認められたという報告があります。また、関節リウマチ患者に落語を聞かせた実験では、症状の緩和が確認されています。
笑いの医学的効果に関する今後の展望
現在も各地で笑いの医学的効果に関する研究が続けられています。これまでの研究で、笑いには以下のような効果があることが示されています。
| 効果の分類 | 具体的な効果 |
|---|---|
| 免疫機能 | NK細胞の活性化、免疫バランスの改善 |
| ストレス軽減 | ストレスホルモンの減少、セロトニン分泌増加 |
| 自律神経 | 交感神経と副交感神経のバランス改善 |
| 心理的効果 | 不安・うつの軽減、QOL向上 |
| 身体的効果 | 血行改善、酸素摂取量増加、痛みの軽減 |
| 予防効果 | 認知症予防、血糖値改善 |
ただし、繰り返しになりますが、笑いはあくまで補完的な役割です。根本的な治療に代わるものではなく、適切な医学的治療を受けながら、心身の健康をサポートする手段として笑いを活用することが重要です。
がん患者さんにとって笑いが持つ本当の意味
がんと笑いの関係について、様々な研究により免疫機能への好影響が確認されています。しかし、最も大切なのは無理をしないことです。
笑いは薬ではありませんが、治療を支える力になり得ます。NK細胞の活性化、ストレス軽減、自律神経のバランス改善など、笑いがもたらす効果は科学的に証明されつつあります。
一人ひとりが自分らしい方法で笑いを生活に取り入れ、前向きな気持ちを育むことが、健康的な日々を送る助けとなるでしょう。自然に笑える環境を作り、ストレスを軽減し、心身のバランスを保つことが、がんと向き合う上で重要な要素となります。
参考文献・出典情報
健康長寿ネット - 笑いの免疫機能・ストレスへの作用について
近畿大学 - 近畿大学×吉本興業株式会社「笑い」の効果を医学的に検証
大阪国際がんセンター - 笑いを楽しむ機会があるとがん患者の免疫機能や生活の質はどう変わるか
大樹生命 - 「笑い」のパワーでNK細胞を活性化
全日本民医連 - 笑いは抵抗力・免疫力をたかめる
神奈川県予防医学協会 - 笑いはがんを征圧する
健康長寿ネット - ラフターヨガ(笑いヨガ)
日本生命財団 - 認知症予防を目的とした笑いの効果についての実践的研究
Cureus - がん生存者におけるHRQOLと酸化ストレスに対するコメディの有効性
株式会社笑い総研 - ラフターヨガ(笑いヨガ)とは?