がんと診断された患者さんやそのご家族が、手術や抗がん剤、放射線治療といった標準治療以外の「民間療法」や「代替療法」に関心を持つことは珍しくありません。現在では、がん患者さんの約半数が何らかの民間療法を利用しているとされていますが、こうした療法はいつ頃から行われるようになったのでしょうか。
21世紀に入った頃、がん患者さんが標準治療以外の民間療法・代替療法を利用していることは「なんとなく知られていた」程度の認識でした。インターネットが普及したことで、Webサイトをもとに掲示板などで情報や口コミがやりとりされていましたが、国として正式に民間療法の正確な実態はつかめていませんでした。
がんの民間療法・代替療法の歴史的背景
がんという病気自体の歴史は非常に古く、古代エジプトやペルーのミイラからもがんと思われる痕跡が発見されています。紀元前400年代には、古代ギリシアの医師ヒポクラテスが乳がんの研究を行い、がん組織がカニの足のように放射状に広がる様子を観察して「Cancer(カニ)」と名付けたとされています。
日本では、江戸時代の1804年に華岡青洲が世界初の全身麻酔下での乳がん手術を成功させるなど、早くからがん治療への取り組みが行われていました。しかし、現代的な意味での「民間療法」や「代替療法」という概念が注目されるようになったのは、比較的最近のことです。
2001年の厚生労働省研究班による初の実態調査
がんの民間療法について、国として最初に公的な資金が投入されて調査されたのは2001年でした。それが、厚生労働省がん研究助成金による研究班「我が国におけるがんの代替療法に関する研究」です。この研究により、利用されている民間療法の実態が初めて明らかになりました。
研究方法は、全国のがん専門病院や緩和ケア病院・ホスピスの患者さんを対象にアンケート調査を行うという方法でした。その結果、がん患者さんの44.6%(1382/3100名)が何らかの民間療法を一種類以上行っていたことが分かりました。約半分の人が何らかの民間療法を行っていたということになります。
がん患者さんが利用していた民間療法の内容
2001年の調査で明らかになった民間療法の具体的な内容は以下の通りでした:
- 健康食品、サプリメント:96.2%
- 気功:3.8%
- お灸:3.7%
- 鍼:3.6%
このように、ほとんどが民間療法といっても、「健康食品やサプリメントを購入して飲む」という手段でした。
健康食品、サプリメントの詳細な内訳
健康食品、サプリメントの内訳も詳しく調査されており、以下のような結果が得られています:
キノコ系の健康食品
- アガリクス:60.6%
- AHCC:7.4%
キノコ系以外の健康食品
- プロポリス:28.8%
- 漢方薬:7.1%
- キトサン:7.1%
- サメ軟骨:6.7%
健康食品では、アガリクスやAHCCなどのキノコ類が非常に多く、次いでプロポリス、漢方(保険治療として処方されているものは除く)などが利用されていました。つまり、当時の日本での民間療法といえばキノコ類による健康食品を意味する、という状況でした。
一方でアメリカでは鍼灸・マッサージ・ハーブ・ビタミン・ミネラルなどが多く利用されており、いわゆる健康食品の頻度はそう高くありません。この点は、アメリカと日本との大きな違いといえます。
がん患者さんが民間療法に期待していたこと
2001年の研究では、民間療法に何を期待していたのかという調査項目もありました。それによると以下のような結果が得られています:
- 進行抑制を期待:67.1%
- 治ることを期待:44.5%
- 症状の軽減を期待:27.1%
- 現代医学では不十分:20.7%
- 人の勧めで:6.7%
- その他:5.1%
この結果をみると、がんの進行抑制や治ることなどのがんに対する直接効果を期待していることがわかります。つまり健康食品を薬と同様に考えて摂取し、がんが治ることを期待しているといえます。このことは、利用する側だけに原因があるのではなく、販売する側の表現も大きく影響していると考えられます。
当時は薬事法や広告の規制も今より緩く、健康食品をドリンク剤や錠剤など薬と同じような剤型で販売し、あたかもがんが治るかのような表現で法的にぎりぎりの線で宣伝していた背景があります。
これに対して欧米では民間療法の利用目的として、がんの進行に伴う痛みなどの症状緩和や心理的不安の軽減、通常のがん治療に伴う副作用(吐き気や下痢など)の症状緩和などが主なものとして挙げられています。
医師には内緒での利用
また、民間療法を実施していることを担当の医師に相談や報告をしているかという問いに、約60%の人が「していない」と答えています。理由としては「医師に聞かれなかったから」とか「中止するように言われそうだから」と答えています。
なお、民間療法にかけるお金については、一人平均一か月当たり約5万7000円という結果でした。年間では約70万円近くという大きな負担となっていたことがわかります。
2025年現在の状況と変化
2001年の調査から20年以上が経過した現在、がんの民間療法や代替療法の状況はどのように変化しているのでしょうか。
国立がん研究センターの最新の患者体験調査(2023年実施)によると、がん患者さんの補完代替医療の利用率は引き続き高い水準を維持しています。近年では、インターネットの普及により、より多くの情報に患者さんがアクセスできるようになっている一方で、根拠のない情報も増加していることが課題となっています。
現在の健康食品・サプリメント市場の変化
2001年と比較すると、健康食品・サプリメント市場は大きく変化しています。当時は「ほぼキノコ系ばかり」だったのが、現在では他の様々な商品が開発・販売されており、多種多様な健康食品を悩みながら選ぶという状況が生まれています。
しかし、科学的根拠に関しては大きな進歩はありません。2025年現在でも、がんの治療に対して科学的に効果が証明された健康食品やサプリメントは存在しません。むしろ、一部の健康食品については安全性に関する懸念も指摘されています。
アガリクスに関する安全性の問題
2006年には、厚生労働省がアガリクス製品の一部について発がん促進作用が認められたとして、販売停止と回収を要請する事態が発生しました。これは、キリンウェルフーズ社の「キリン細胞壁破砕アガリクス顆粒」について、ラットを用いた実験で発がんプロモーション作用が確認されたためです。
その後の調査で、他の2製品(「仙生露顆粒ゴールド」および「アガリクスK2 ABPC細粒」)については発がんプロモーション作用は認められていませんが、この事件は健康食品の安全性について大きな警鐘を鳴らしました。
海外における代替療法の現状
アメリカでは1990年代から国を中心として代替医療に本格的に取り組んでいます。
ただし、海外における「代替医療」の概念は、日本での「民間療法」とは大きく異なります。海外では、鍼灸、マッサージ、ハーブ療法、栄養療法などの伝統的な医療手法を中心とした統合医療の概念が主流となっており、日本のような健康食品・サプリメント中心の民間療法とは異なる発展を遂げています。
最新の研究動向と今後の展望
2025年現在、がんの代替療法・補完療法の研究は世界各国で進められています。特に注目されているのは、以下のような分野です:
科学的根拠に基づく補完療法
- マッサージ療法:リンパ浮腫や疼痛の軽減
- 鍼灸治療:化学療法による悪心・嘔吐の軽減
- 瞑想・マインドフルネス:不安やストレスの軽減
- 音楽療法・アートセラピー:心理的サポート
これらの療法は、がんそのものを治すことはできませんが、患者さんのQOL(生活の質)の向上やがん治療に伴う副作用の軽減に対して、一定の科学的根拠が蓄積されています。
遺伝子医療と免疫療法の発展
近年では、がん遺伝子医療や免疫療法といった最先端の治療法も急速に発展しています。これらの治療法は、従来の「民間療法」とは異なり、科学的根拠に基づいた医療技術として位置づけられています。
民間療法を検討する際の注意点
がんの民間療法や代替療法を検討する際には、以下の点に注意することが重要です:
医師との相談の重要性
民間療法を始める前に、必ずがん治療の担当医や医療者に相談することが大切です。一部の健康食品や民間療法は、がん治療の効果を弱めたり、予期せぬ副作用を引き起こしたりする可能性があります。
科学的根拠の確認
厚生労働省研究班が作成した「がんの補完代替医療ガイドブック(第3版)」では、民間療法を検討する際のチェックリストが提供されています:
- この補完代替医療で、がんの進行に伴う症状を軽減できますか
- この補完代替医療で、がんの治療に伴う副作用を軽減できますか
- この補完代替医療の安全性や効果はヒトで確認されていますか
- この補完代替医療の専門家と治療方針について話をしてもらえますか
- この補完代替医療は、現在受けているがんの治療に影響がありますか
高額な費用への注意
2001年の調査では患者一人当たり月約5万7000円もの費用をかけていましたが、現在でも高額な民間療法が多数存在します。経済的負担も考慮して、冷静に判断することが重要です。
相談できる窓口と情報源
民間療法について悩んでいる場合は、以下の窓口で相談することができます:
- 主治医、看護師、薬剤師などの医療スタッフ
- がん診療連携拠点病院等に設置されているがん相談支援センター
- 緩和ケアチーム
- 認定看護師・専門看護師
また、信頼できる情報源として、厚生労働省「統合医療」情報発信サイトや国立がん研究センターがん情報サービスなどがあります。
まとめ
がんの民間療法や代替療法の歴史は、2001年の厚生労働省研究班による初の本格的な実態調査から始まったといえます。その調査から20年以上が経過した現在も、全体的な状況は似ており、がん患者さんの約半数が何らかの民間療法を利用している状況は変わっていません。
しかし、選択肢となる商品や療法は大幅に増加しており、患者さんにとってはより複雑で悩ましい状況となっています。重要なのは、がんそのものを治すという直接的な治療効果が証明された民間療法は現時点では存在しないという事実を理解することです。