前立腺がんダビンチ手術の基本情報
前立腺がんの手術「前立腺全摘除術」では、ダビンチ(da Vinci)という手術支援ロボットを使用したロボット支援手術が広く普及しています。
2012年4月に前立腺がんに対するロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術が保険適用になって以降、日本国内でも急速に導入が進んでいます。
前立腺がんは男性のがんの15.8%を占め、胃がんに続く第2位となっており、早期発見できれば十分に根治が望める疾患です。従来の開腹手術や腹腔鏡手術と比較して、ダビンチ手術は患者さんにとって多くのメリットを提供します。
ダビンチ手術の最新技術と仕組み
ダビンチシステムは、カメラやアームを接続する「ペイシェントカート」、医師が画像を見て操作する「サージョンコンソール」、システムをコントロールするための「ビジョンカート」の3つの機器で構成されています。
手術の際は、患者さんのお腹に数か所の小さな穴を開け、そこから手術器具を取り付けたロボットアームと内視鏡を挿入します。医師はサージョンコンソールで、拡大された3D画像を見ながら、手ぶれのない540度回転する器具を操作して手術を行います。
ロボットには7つの多関節が備えられており、執刀医の指・手の動きの通りに機具を操ることが可能で、手の震えも自動的に取り除かれて手術機器に伝達されます。これにより、従来の腹腔鏡手術よりもさらに複雑で繊細な手術操作が実現できます。
ダビンチ手術の費用と保険適用
2012年4月の保険適用前は、ロボット手術分の患者さんの自己負担が72万円プラス検査などの健康保険診療部分で、トータル約120万円が必要でした。しかし現在では、すべて健康保険の適用となったため、3割負担で済みます。
実際の患者さんの負担額は、高額療養費制度により収入によって異なりますが、月額約8万円を超える分は全額還付されます。これにより、経済的な負担を大幅に軽減できるようになりました。
項目 | 保険適用前(2012年以前) | 現在(保険適用後) |
---|---|---|
ロボット手術費用 | 約72万円(自己負担) | 保険適用(3割負担) |
総治療費 | 約120万円 | 高額療養費制度により月額約8万円超過分は還付 |
手術の成績と再発率
ダビンチ手術の治療成績は、従来の開腹手術と比較して優れた結果を示しています。開腹手術による根治的前立腺摘除術を行った490人とロボット支援前立腺全摘除術を行った418人を比較した研究では、切除断端陽性率(がん細胞の取り残し)が開腹手術群44%に対し、ロボット手術群21%と有意に改善していました。
海外の症例数の多い施設のデータでは、がん制御、尿禁制、勃起機能維持の3つの目標に対して8割、これに切除断端陰性と合併症なしを加えた5つの目標に7割が到達しており、国内でもそれに遜色ない結果が得られるようになっていると報告されています。
機能温存の成績
前立腺がん手術では、がんの根治性とともに、術後の生活の質(QOL)の維持が重要な課題となります。ダビンチXiシステムによる手術では、根治性と機能温存を重視した術式により、世界的にも高水準の根治性と機能温存の両立を実現しています。
入院期間と術後の経過
ダビンチ手術の入院期間は、従来の開腹手術と比較して短縮されています。術後5日で尿道の管が抜け、術後1週間で退院が可能で、早期の社会復帰が可能となっています。
手術翌日から食事と歩行が可能で、輸血が必要となることは殆どありません。入院期間の目安は6-7日です。一部の医療機関では、入院期間は2週間ほどかかりますが、術後の状態と患者さんの希望により調整される場合もあります。
術後経過 | 開腹手術 | ダビンチ手術 |
---|---|---|
歩行開始 | 術後2-3日 | 術後翌日 |
食事開始 | 術後2-3日 | 術後翌日 |
平均入院期間 | 18日程度 | 6-10日程度 |
ダビンチ手術のメリット
出血量の減少
開腹手術では自己血を準備して臨むのが一般的ですが、ダビンチ手術では3D画像で患部を見ることができ、さらに奥深いところへも細いロボットの手が入るため、血管を傷つけるリスクが少ないのが特徴です。
また、炭酸ガスで腹腔内に圧をかけるため、出血量がさらに少なくなります。そのため、ロボット手術では自己血輸血さえもほとんど必要としません。
手術の操作性向上
ロボットアームには7つもの関節があるため、人間の手以上に自在に動くことが可能です。奥深い骨盤内であっても確実に処置が行え、前立腺に張りついている神経の剥離も、神経を傷つけることなく実施できます。
合併症の減少
3つの医療機関で実施した先進医療での集計では、大きな合併症の発生もわずか数例のみでした。代表的なものは直腸損傷が1例と深部静脈血栓症が1例でしたが、いずれも術中に適切な対応により完治しています。
ダビンチ手術の後遺症と対策
ダビンチ手術でも、術後の後遺症が完全になくなるわけではありません。最も一般的な後遺症は尿失禁です。前立腺がんの手術は、前立腺と精のうを摘出し、膀胱と尿道をつなぎ合わせる治療法で、術後の尿もれが大きな問題となります。
手術後には尿失禁が起こりやすく、1か月後には70~80%の人が回復しますが、回復が長引く人もいます。しかし、ロボット支援手術のほうが回復が早いこともわかっており、数%の人には尿失禁が残ってしまいますが、この割合は開腹手術と変わりません。
重症の尿失禁に対しては「人工尿道括約筋埋め込み手術」という治療法があり、この治療によって重症の尿失禁が改善した患者さんは、見違えるようにアクティブになると報告されています。
ダビンチ手術の国内普及状況
日本国内でのダビンチ手術の普及は急速に進んでいます。2024年5月に発表されたNDBオープンデータによると、「内視鏡手術用支援機器を用いるもの」の術式の症例数は約71,000件で、ロボット支援手術の浸透率は約17%となっています。
2012年時点で50台を超えていたダビンチの導入は、現在では全国の多くの医療機関で導入されており、当院の前立腺全摘除術のほとんどがロボット手術となっている施設も増えています。
アメリカでは前立腺全摘手術の約8割が手術用ロボットを使ったロボット手術となっており、日本でも今後さらなる普及が予想されます。
名医・経験豊富な医師の選び方
ダビンチ手術の成功には、経験豊富な医師による執刀が重要です。ロボットの操作には熟練が必要なため、執刀はダビンチ手術の認定ライセンス受けた医師とロボット手術チーム(看護師・ME)が担当します。
医師選びの際は、以下の点を確認することが重要です:
- ダビンチ手術の認定ライセンスを取得しているか
- 前立腺がんのロボット手術の執刀経験が豊富か
- 年間の手術件数が十分か
- 手術チーム全体の経験と連携が取れているか
- 術後のフォローアップ体制が整っているか
腹腔鏡手術は高度な技術を必要とする難易度の高い手術であり、一定の技術的水準に達するのに100例は行わないと難しいといわれています。一方、ロボット手術は、十分な前立腺手術に対する知識と技術を有する泌尿器科医であれば15~20例も行うと一定の水準に達することが可能とされています。
最新の技術革新と今後の展望
ダビンチシステムも年々進歩しており、2018年秋には当時最新型となるda vinci Xi(ダヴィンチ エックスアイ)が導入されるなど、より高精度で安全な手術が可能になっています。
拡大3D画像、鉗子の操作性の向上により鮮明な術野での繊細な手術が可能となり、尿禁制や性機能の機能温存が達成できる可能性が向上しています。
今後、技術の向上がさらに進むことは確実であり、日本も米国並みに前立腺全摘除術の大半はロボット手術で行われるようになると予想されます。また、前立腺がん以外の泌尿器科手術への適応拡大も進んでおり、腎臓がんや膀胱がんに対するロボット手術も保険適用となっています。
参考文献・出典情報
- 刈谷豊田総合病院 - ロボット支援前立腺全摘除術
- 東京医科大学病院 - 手術支援ロボット「ダヴィンチ」
- 鎌ケ谷総合病院 - 手術支援ロボットダヴィンチによる前立腺がん手術
- 大森赤十字病院 - ロボット支援下前立腺がん手術
- がんナビ - 手術支援ロボットでPSA再発が減った前立腺がんの手術
- 駒込病院 - 前立腺がん:根治性・機能温存を両立するロボット前立腺全摘除
- 国立がん研究センター - ロボット手術で精度向上 術後QOLの改善も
- InterLink - 国内における手術支援ロボット市場に関する調査分析
- 新東京病院 - ダヴィンチによる前立腺がん治療
- QLife がん - 前立腺がんの「ロボット支援手術」