がん患者さんの就労の現状と課題
現在、がん治療を取り巻く環境は大きく変化しています。がん患者の約3人に1人は、20代から60代でがんに罹患し、仕事を持ちながら通院している方が多くいます。医療技術の進歩により、がんは「不治の病」から「長く付き合う病気」へと変わり、通院による治療が中心となっています。
しかし、就労に関する課題は依然として深刻です。がんと診断を受けて退職・廃業した人は就労者の19.8%、そのうち、初回治療までに退職・廃業した人は56.8%となっており、多くの患者さんが診断直後に職を失っている現状があります。また、およそ3~5人に1人ががんと診断された後に離職しており、この状況は過去10年間でほとんど改善されていません。
がん治療の環境変化
がん治療の入院期間は年々短縮されており、平成29年は17.1日となっています。これにより、外来での薬物療法や放射線療法を受けながら仕事を続けることが現実的に可能になっています。令和5年3月に厚生労働省が発表したガイドラインで、男性18.6万人、女性26.2万人、計44.8万人が、がん治療のため仕事を持ちながら通院していることが明らかにされました。
職場復帰の現状
治療後の職場復帰については、個人差が大きいのが現状です。がんの罹患がわかった時点で働いていた人のその後の就労状況としては、「病気に伴う長期休業をしながらも復職・継続した」が32.9%、「有給の範囲で休み、仕事を継続した」が35.8%という調査結果があります。
注目すべきは、雇用形態による差です。正社員の退職率は約1割に対し、非正規雇用の退職率は3割弱と数字に開きが見えます。これは就労支援制度へのアクセスのしやすさや、職場の理解度の違いが影響していると考えられます。
がんと診断されたとき職場にどう対応するか
がんと診断された際の職場への対応は、その後の就労継続に大きく影響します。まず重要なのは、診断直後に退職を急いで決めないことです。診断された直後は、仕事をやめるかどうかの判断は先延ばしにするのがおすすめです。病状やこれからの治療について理解し、気持ちが少しずつ落ち着いてから、改めて自分の仕事について考えてみましょう。
職場への病名の伝え方
職場にがんという病名を伝えるかどうか悩む患者さんは多いですが、適切な配慮を受けるためには正確な情報を伝えることが重要です。特に契約や派遣などの非正規雇用の場合、不安が大きいかもしれませんが、法的な保護制度も存在します。がんを理由とした不当な解雇や異動の場合は、都道府県の労働局にある総合労働相談コーナーで相談を受けることができます。
会社が知りたい情報の整理
会社が知りたいことは、①どのくらい休むのか、②どのくらい仕事に支障があるのか、③どんな配慮をしなければいけないか、④本人はどうしたいか、この4点です。病状の詳細よりも、これらの実務的な情報を整理して伝えることが効果的です。
両立支援制度と相談窓口の活用
国では「治療と仕事の両立支援」の推進を重要政策として位置づけ、様々な支援制度を整備しています。
両立支援コーディネーター制度
がん相談支援センターに、両立支援コーディネーター研修を受講した相談員を配置し、病院内の体制整備や、治療と仕事両立プラン(仕事とがん治療の両立お役立ちノート)の作成・活用により、個々の両立支援の充実化を図ります。この制度により、医療機関と職場の橋渡し役となる専門職が配置されています。
がん診療連携拠点病院での支援
全国のがん診療連携拠点病院では、就労支援の専門相談窓口が設置されています。県内に9か所あるがん診療連携拠点病院では、社会保険労務士による専門的な相談にも対応しています。がんと診断されてもすぐに辞めることを決断せず、まずはご相談ください。
企業向け支援制度
企業側への支援も充実してきており、厚生労働省では「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を策定し、職場での取り組み方法を具体的に示しています。また、「治療と仕事の両立支援ナビ」ポータルサイトでは、企業の好事例や具体的な取り組み方法が紹介されています。
職場復帰のタイミングと準備
職場復帰のタイミングは、治療の内容、全身状態、職種によって大きく異なります。退院後数日で働ける場合もあれば、数ヶ月の療養が必要な場合もあります。重要なのは焦らずに段階的に復帰することです。
復帰の判断基準
復職時期の基本的な判断基準は以下の通りです:
- 本人に働きたい意思があること
- 主治医から復職の許可が出ていること
- 就業規則通りの時間帯に毎日通えること
ただし、復職のタイミングは病気や身体の状態、仕事内容にもよるため、人それぞれです。自己判断せず、医師や看護師、医療ソーシャルワーカーなどの意見を聞いて決めることが重要です。
段階的復帰の重要性
いきなり以前と同じ業務量に戻るのではなく、短時間勤務や業務量の調整から始めることが推奨されます。体力や集中力の回復には個人差があるため、職場と相談しながら徐々に業務量を増やしていくことが成功の鍵となります。
治療と仕事の両立を成功させるポイント
職場との効果的なコミュニケーション
両立支援を成功させるためには、職場の理解と協力が不可欠です。復帰前から上司や同僚とコンタクトを取り、病気や治療について理解してもらうことが重要です。産業医が勤務する企業であれば、産業医への相談も有効です。
通院スケジュールや治療期間について、分かる範囲で職場に伝え、短時間勤務や業務量の調整が可能かを事前に相談しておくことが大切です。
治療スケジュールの調整
現在では、患者さんの就労状況に配慮した治療計画を立てる医療機関が増えています。患者さんがなるべく会社を休まないですむように、外来では副作用の強い日が週末に当たるようにスケジュールを組むなどの配慮が行われています。
また、点滴治療が困難な場合は、がんの種類によっては内服薬への変更も可能です。このような調整により通院回数を減らし、仕事への影響を最小限に抑えることができます。
支援制度の活用
病気休業中の経済的支援として、健康保険の「傷病手当金」制度があります。この制度を利用するには職場への届け出と、医師による療養の証明書類が必要です。また、企業によっては独自の支援制度を設けている場合もあるため、人事部に確認することをお勧めします。
企業側の取り組みと社会の変化
法的環境の変化
2016年12月にがん対策基本法が改正され、「企業はがん患者の雇用継続への配慮に努めること」と明記されました。これにより、企業の両立支援に対する法的責任が明確化されています。
さらに、厚生労働省は「治療と仕事の両立支援」の取り組みを努力義務とすることを労働施策総合推進法に定めるとの方向性を示しました。この動きにより、今後はより多くの企業で両立支援制度の整備が進むことが期待されます。
企業の具体的取り組み事例
先進的な企業では、以下のような取り組みが行われています:
取り組み内容 | 効果 |
---|---|
フレックスタイム制度の導入 | 通院時間の確保 |
在宅勤務制度の活用 | 通勤負担の軽減 |
短時間勤務制度 | 体力に応じた働き方 |
両立支援プランの作成 | 個別の配慮事項の明確化 |
産業保健スタッフとの連携 | 専門的な支援の提供 |
健康経営の観点
両立支援は単にがん患者のためだけではなく、健康経営の重要な要素として位置づけられています。がんになっても働ける職場づくりをしようとすることで、属人的な働き方の解消、働きやすい勤務環境の整備、相談しやすい職場のコミュニケーション向上などにつながります。
家族や周囲のサポートの重要性
治療と仕事の両立には、家族や周囲の理解とサポートが欠かせません。身近なご家族の支え、協力を得ることも大事なポイントです。家族ができるサポートには以下のようなものがあります:
- 通院時の付き添いや送迎
- 家事負担の分担
- 職場との連絡の代行(本人の同意のもと)
- 精神的なサポート
一人暮らしの場合は、友人や地域のサポートサービスを活用することも重要です。どうしても身体がつらいときは、身近なお友達に助けを求めるなど、一人で抱え込まない、頑張りすぎないことも、仕事と両立させながら、治療を完遂するためには必要です。
将来の展望と継続的な支援
社会全体の理解促進
がん患者の就労支援は、単なる個人の問題ではなく社会全体で取り組むべき課題として認識されています。就労世代のがん患者さんが増加している理由について、四つの要因が挙げられており、これらの社会的背景を踏まえた包括的な支援が必要です。
医療技術の進歩と治療環境の改善
医療の進歩(がん薬物療法、放射線治療、支持療法等、内視鏡治療等)により、身体への負担が少ない治療が実現したり、治療期間・入院期間も短くなりつつあります。この傾向は今後も続くと予想され、より多くの患者さんが治療と仕事を両立できる環境が整うことが期待されます。
継続的な支援の必要性
両立支援は一時的なものではなく、継続的な取り組みが必要です。定期的な治療や経過観察が必要な患者さんにとって、長期的な視点での職場の理解と配慮が重要になります。また、治療の進行や副作用の変化に応じて、必要な配慮も変わってくるため、柔軟な対応が求められます。
結論:両立実現のための総合的アプローチ
がん治療と仕事の両立は確実に可能になってきており、社会全体でその環境整備が進んでいます。成功のためには、患者さん自身の主体的な取り組み、職場の理解と配慮、医療機関との連携、家族のサポート、そして適切な支援制度の活用が不可欠です。
重要なのは、がんと診断されても慌てて退職を決めず、まず相談できる窓口を活用することです。がん診療連携拠点病院の相談支援センター、両立支援コーディネーター、産業医、社会保険労務士など、様々な専門職が支援体制を整えています。
今後も医療技術の進歩と社会制度の充実により、より多くの患者さんが自分らしく働き続けることができる社会の実現が期待されます。
参考文献・出典情報
3. 国立がん研究センター「がん治療と就労の両立支援度チェックと改善ヒント」
4. がん治療情報サイト「がん患者さんが仕事と治療を両立するために」
7. あきらめないがん治療ネットワーク「がん患者さんの3人に1人が就労世代」