
がん細胞が新しい血管を作り出す仕組みとは
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
私たちの体では、ケガをした際の出血や女性の月経時など、限られた場面で新しい血管が作られます。しかし、成人の体で新しい血管が作られることは通常まれです。
ところが、がんが発生すると状況は一変します。がん細胞は周囲の血管から自分の場所まで専用の血管を引き寄せるという能力を発揮します。この現象を「血管新生」といい、こうして作られた血管を「新生血管」と呼びます。
なぜがん細胞は新しい血管を作るのか
がん細胞は際限なく増殖するため、正常な細胞よりも多くの栄養と酸素を必要とします。
がん細胞のかたまりが直径1〜2ミリメートル程度まで大きくなると、その内部に酸素や栄養が十分に届かなくなります。
酸素不足に陥ったがん細胞は、このままでは生きていくことが難しくなるため、新たな血管を作り出す必要に迫られるのです。
正常な組織では、血管の形成と維持は厳密に制御されています。
成人の体では血管新生促進因子と抑制因子がバランスを保ち、必要な時にのみ新しい血管が作られます。しかし、がん細胞はこのバランスを破り、血管新生を促進する仕組みを強制的に作動させます。
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がん専門アドバイザー 本村ユウジ
血管新生のメカニズム
がん細胞が新しい血管を作り出すメカニズムは、いくつかの段階を経て進行します。
低酸素環境の認識
がん細胞が1〜2ミリメートル以上のサイズになると、腫瘍の中心部が低酸素状態になります。この低酸素状態を感知すると、HIF-1(低酸素誘導因子-1)と呼ばれるタンパク質が細胞内で安定化され、蓄積します。
血管新生因子の分泌
HIF-1が活性化すると、がん細胞は血管の壁の増殖を促す化学物質を作って分泌し始めます。その代表的なものが以下の因子です。
| 血管新生因子 | 役割 |
|---|---|
| VEGF(血管内皮増殖因子) | 血管内皮細胞の増殖と血管透過性の亢進を促進する最も重要な因子。がん細胞から分泌され、血管新生の中心的な役割を果たします。 |
| FGF(線維芽細胞増殖因子) | 血管内皮細胞の増殖と遊走を促進します。VEGFとは異なる経路で血管新生を誘導します。 |
| PDGF(血小板由来増殖因子) | 血管周囲の支持細胞を誘導し、新生血管の安定化に関与します。 |
| アンギオポエチン | 血管の成熟と安定化を調節し、血管のリモデリングに重要な役割を果たします。 |
血管内皮細胞の活性化と遊走
がん細胞から分泌されたVEGFなどの因子は、近くの血管の内皮細胞にある受容体に結合します。すると、血管内皮細胞が活性化され、細胞の増殖と移動が始まります。
同時に、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)と呼ばれる酵素が血管の基底膜を分解します。これにより、血管内皮細胞ががん組織に向かって移動できる通路が形成されます。
新しい血管の形成
がんに向かって移動した血管内皮細胞は、がん組織との間に微小血管を作り始めます。この新しい血管を通じて、がん細胞は酸素と栄養を得られるようになり、いっそう増殖するようになります。
がんの新生血管の特徴
がん細胞が作り出した新生血管は、正常な血管とは異なる構造的特徴を持っています。
| 特徴 | 詳細 |
|---|---|
| 不規則な構造 | 正常な血管と比べて形が不規則で、ところどころ細くなっていたり曲がっています。 |
| 血管壁の脆弱性 | 血管の壁が不完全で隙間が多く、構造的に不安定です。このため出血しやすい性質があります。 |
| 血流の異常 | 血管の構造が不規則なため、血流が遅く、酸素供給が不十分になることがあります。 |
| 転移の経路 | 隙間の多い血管壁から、がん細胞が血管内に侵入しやすく、遠隔転移の経路となります。 |
血管新生とがんの進行
新生血管ができると、がんは新たな段階に進みます。血管を通じて酸素と栄養が供給されることで、がん細胞は増殖を加速させます。
さらに重要なのは、この血管ががん細胞の転移経路となることです。構造が不安定な新生血管の隙間から、がん細胞が血管内に侵入し、血流に乗って体の他の部位に運ばれます。これが血行性転移と呼ばれる現象です。
つまり、血管新生はがんの増殖だけでなく、転移や浸潤といった悪性化のプロセス全体に深く関与しているのです。
血管新生阻害剤の登場
このがんの血管新生という驚くべき現象を逆に利用して、がんを抑えようとする治療薬が登場しています。それが「血管新生阻害剤」です。
血管新生阻害剤は、従来の抗がん剤とは異なるアプローチでがんに対抗します。がん細胞そのものを攻撃するのではなく、がん細胞への栄養供給路である血管の形成を妨げることで、がんの増殖を抑制しようという戦略です。
代表的な血管新生阻害剤
| 薬剤名(一般名) | 商品名 | 作用機序と適応 |
|---|---|---|
| ベバシズマブ | アバスチン | VEGFと結合してその作用を阻害する抗体薬。日本では2007年に承認され、大腸がん、肺がん、乳がん、卵巣がん、子宮頸がん、肝細胞がん、悪性神経膠腫などに使用されています。2025年には神経線維腫症II型への適応拡大も申請されました。 |
| ラムシルマブ | サイラムザ | VEGFR-2(VEGF受容体2)に結合して血管新生を阻害する抗体薬。胃がん、大腸がん、肺がん、肝細胞がんに使用されます。ベバシズマブとは異なり、扁平上皮がんにも使用できます。 |
| レンバチニブ | レンビマ | VEGFR1-3、FGFR1-4など複数の受容体を阻害する経口のマルチキナーゼ阻害剤。甲状腺がん、肝細胞がん、腎細胞がん、子宮体がん、胸腺がんなどに使用されます。 |
ベバシズマブの開発と承認
ベバシズマブは世界初の血管新生阻害剤として、2004年に米国FDA、2007年に日本の厚生労働省で承認されました。VEGFを阻害する中和抗体として作用し、大腸がん、肺がん、腎がんなど多くのがんで治療効果が報告されています。
現在、日本では7つの適応症(治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸がん、扁平上皮がんを除く切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん、手術不能又は再発乳がん、悪性神経膠腫、卵巣がん、進行又は再発の子宮頸がん、切除不能な肝細胞がん)で承認を取得しています。
血管新生阻害剤の効果と課題
期待される効果
血管新生阻害剤は他の抗がん剤との併用で使用されることが多く、以下のような効果が期待されています。
がん組織への栄養供給を減らすことでがんの増殖を抑制します。また、異常な血管を一時的に正常化することで、他の抗がん剤ががん組織に届きやすくなり、治療効果を高めることができます。さらに、血管新生を抑えることで、がん細胞の転移を抑制する効果も期待されています。
主な副作用
| 副作用 | 詳細 |
|---|---|
| 高血圧 | 血管新生阻害により血管が収縮し、血圧が上昇することがあります。定期的な血圧測定と降圧薬による管理が必要です。 |
| 出血 | 消化管出血、肺出血、脳出血などのリスクが増加します。喀血の既往がある患者さんなどでは使用が制限されます。 |
| 血栓症 | 動脈血栓塞栓症(心筋梗塞、脳血管障害など)や静脈血栓塞栓症(肺塞栓症など)が発現することがあります。 |
| 創傷治癒遅延 | 血管新生が抑制されるため、手術後の傷の治りが遅くなることがあります。手術予定がある場合は投与の中止が必要です。 |
| 蛋白尿 | 腎機能への影響で尿中にタンパクが出ることがあります。定期的な尿検査が必要です。 |
| 消化管穿孔 | まれですが重篤な副作用として消化管に穴が開くことがあります。 |
耐性の問題
一部のがんでは、VEGF阻害薬に対して耐性を示すことが報告されています。投与を続けているうちに効かなくなってくることがあり、これはがん細胞が他の血管新生因子(FGFなど)を利用するようになったり、血管を必要としない方法で増殖するようになることが原因と考えられています。
このような課題に対して、VEGFに代わる新たな血管新生療法の分子標的が世界的に探索されています。特に、がんの血管と通常の血管の違いを明らかにし、がんの血管でのみ作動する分子を標的にしようという試みが活発化しています。
新たな研究の進展
慶應義塾大学などの研究グループは、がんの血管でのみ利用されている構造維持因子としてFLRT2という分子を発見しました。この分子は、がん特有の隙間の多い血管を維持する役割を持ち、その働きを抑えることでがんの転移を選択的に抑制できることが動物実験で示されています。
また、活性酸素ががんの血管新生を妨げることでがんの進行を遅延させているという研究結果も報告されており、活性酸素を分解する分子の働きを抑えることで、がんの血管新生を選択的に抑制できる可能性が示唆されています。
今後の展望
血管新生阻害療法は、がん治療における重要な選択肢の一つとして確立されつつあります。現在、以下のような方向で研究と臨床応用が進んでいます。
免疫チェックポイント阻害剤との併用療法では、血管新生阻害剤が血管を正常化することで、免疫細胞ががん組織に到達しやすくなり、免疫療法の効果を高める可能性が示されています。
複数の血管新生因子を同時に阻害する治療や、がん特異的な血管新生機構を標的とした治療の開発も進められています。
また、患者さんごとのがんの特性に応じて、最も効果的な血管新生阻害剤を選択する個別化医療の実現も目指されています。
まとめ
がん細胞が新しい血管を作り出す「血管新生」は、がんの増殖と転移に不可欠なプロセスです。この仕組みを理解することで、血管新生阻害剤という新しいタイプのがん治療薬が開発されました。
ベバシズマブをはじめとする血管新生阻害剤は、多くのがん種で標準治療の一部として使用されています。副作用の管理が重要ですが、他の治療法と組み合わせることで治療効果を高めることができます。
今後も新たな研究成果をもとに、より効果的で副作用の少ない治療法の開発が期待されています。
参考文献・出典情報
- 慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト KOMPAS「がん血管のみではたらく血管増殖メカニズム」
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/science/201301/ - Cell Signaling Technology「がんの血管新生」
https://www.cellsignal.jp/pathways/tumor-angiogenesis-pathway - 中外製薬「がんと血管新生とは?|アバスチン 非小細胞肺がん」
https://pat.chugai-pharm.jp/ava/lc/about_ava/angiogenesis.html - 新薬情報オンライン「アバスチン(ベバシズマブ)の作用機序とバイオシミラー」
https://passmed.co.jp/di/archives/485 - 中外製薬 ニュースリリース「アバスチン、神経線維腫症II型に対する適応拡大申請」2025年9月24日
https://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20250924153000_1517.html - 新薬情報オンライン「サイラムザ(ラムシルマブ)の作用機序」
https://passmed.co.jp/di/archives/691 - 国立研究開発法人日本医療研究開発機構「血管ががん細胞を転移させるユニークな仕組みを解明」
https://www.amed.go.jp/news/seika/kenkyu/20220222-01.html - がん情報サイト「オンコロ」血管新生
https://oncolo.jp/dic/bloodvesselfledgling - 国立がん研究センター 中央病院「肺がん」
https://www.ncc.go.jp/jp/ncch/clinic/thoracic_oncology/lungcancer/index.html - 海外がん医療情報リファレンス「血管新生阻害薬」
https://www.cancerit.jp/60197.html