
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
非小細胞肺がんの治療において、従来の抗がん剤から分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤への転換が進んでいます。
特に分子標的薬は、特定の遺伝子変異を持つ患者さんに対して高い効果を示すため、治療開始前の遺伝子検査が極めて重要になっています。
この記事では、2026年時点における非小細胞肺がんの分子標的薬が使える条件、遺伝子検査の内容、各薬剤の適応と治療戦略について詳しく解説します。
非小細胞肺がんにおける分子標的薬の位置づけ
肺がんは大きく「小細胞肺がん」と「非小細胞肺がん」に分類され、非小細胞肺がんは肺がん全体の約85%を占めています。
非小細胞肺がんの薬物療法では、現在「分子標的薬が使えるタイプならこれを優先する。使えない場合は免疫チェックポイント阻害剤や従来の抗がん剤を検討する」という方針が基本となっています。
この方針の背景には、分子標的薬が特定の遺伝子変異を持つ患者さんに対して、従来の抗がん剤よりも効果が高く、副作用も比較的軽いという特徴があるためです。
ただし、分子標的薬を使用するためには、がん組織に特定の遺伝子変異があることを事前に確認する必要があります。
ドライバー遺伝子変異とは何か
がんの発生や増殖に深く関わる遺伝子の異常を「ドライバー遺伝子変異」と呼びます。
通常の細胞は、遺伝子の指令に従って増殖と死滅を繰り返していますが、ドライバー遺伝子に変異が生じると、細胞が無秩序に増殖し続けるようになります。これががん化の主要な原因の1つです。
非小細胞肺がんでは、このドライバー遺伝子変異の種類によって、効果的な分子標的薬が異なります。そのため、治療を開始する前に、どの遺伝子変異があるのかを調べる検査が必須となっています。
ドライバー遺伝子変異には重要な特徴があります。それは「排他的」であるということです。つまり、複数の主要なドライバー遺伝子変異が同時に存在することは稀であり、多くの場合は1つの変異が見つかります。
治療前に必要な検査項目
非小細胞肺がんと診断された場合、治療方針を決定するために以下の情報を調べることが標準的なプロセスとなっています。
組織型の確認
非小細胞肺がんは、さらに「扁平上皮がん」と「非扁平上皮がん」に分類されます。非扁平上皮がんの大部分は「腺がん」です。
組織型の確認が重要な理由は、使用できる薬剤が異なるためです。例えば、ペメトレキセドという薬は非扁平上皮がんに対して効果が高い一方、扁平上皮がんには効果が限定的です。
また、ドライバー遺伝子変異の多くは腺がんで見つかるため、組織型の情報は遺伝子検査の必要性を判断する上でも重要です。
ドライバー遺伝子変異の検査
2026年現在、非小細胞肺がんでは以下の遺伝子変異を調べることが推奨されています。
| 遺伝子変異 | 出現頻度(日本人) | 主な対象薬剤 |
|---|---|---|
| EGFR | 約40-50% | イレッサ、タルセバ、ジオトリフ、タグリッソ、ビジンプロ |
| ALK | 約3-5% | アレセンサ、ザーコリ、ジカディア、ローブレナ、アレクセンザ |
| ROS1 | 約1-2% | ザーコリ、ローズリートレク |
| BRAF | 約1-2% | タフィンラー+メキニスト併用 |
| MET | 約3-4% | テプミトコ、タブレクタ |
| RET | 約1-2% | レットヴィモ |
| NTRK | 約0.1-0.5% | ローズリートレク、ビトラクビ |
以前は主にEGFR、ALK、ROS1の3つを検査していましたが、現在では検査対象となる遺伝子の種類が増えています。これは新しい分子標的薬が承認され、より多くの患者さんが適切な治療を受けられるようになったためです。
PD-L1発現の確認
免疫チェックポイント阻害剤の効果を予測するため、PD-L1というタンパク質の発現状況も調べます。
ただし、ドライバー遺伝子変異が陽性の場合は、分子標的薬の使用が優先されます。PD-L1の発現が高くても、まずは分子標的薬での治療を検討することが一般的です。
EGFR遺伝子変異陽性の場合の治療
EGFR遺伝子変異は、日本人の非小細胞肺がん患者さんの約40-50%で見つかる最も頻度の高いドライバー遺伝子変異です。
EGFR遺伝子変異の種類
EGFR遺伝子変異陽性の患者さんの約90%は、「エクソン19欠失変異」または「エクソン21のL858R点変異」のいずれか、もしくは両方を持っています。これらは「コモン変異」と呼ばれています。
残りの約10%は「アンコモン変異(マイナー変異)」と呼ばれ、エクソン18、エクソン20などの変異が含まれます。
コモン変異とアンコモン変異では、分子標的薬の効果が異なるため、詳細な遺伝子型の確認が重要です。
一次治療で使用される薬剤
EGFR遺伝子変異陽性(コモン変異)の進行非小細胞肺がんに対して、一次治療(ファーストライン)で使用できる分子標的薬は以下の通りです。
| 薬剤名(一般名) | 世代 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| イレッサ(ゲフィチニブ) | 第1世代 | 可逆的EGFR阻害薬。内服薬。 |
| タルセバ(エルロチニブ) | 第1世代 | 可逆的EGFR阻害薬。内服薬。 |
| ジオトリフ(アファチニブ) | 第2世代 | 不可逆的EGFR阻害薬。アンコモン変異にも一定の効果。 |
| タグリッソ(オシメルチニブ) | 第3世代 | 脳転移への効果が高い。無増悪生存期間が長い。現在の標準治療。 |
| ビジンプロ(アミバンタマブ) | 抗体薬 | EGFR・MET二重標的抗体薬。点滴投与。 |
これらの薬剤はいずれも、従来の抗がん剤と比較して、無増悪生存期間を2-3倍延長することが臨床試験で証明されています。
現在、一次治療ではタグリッソが標準的な選択肢となっています。タグリッソは第3世代のEGFR阻害薬であり、脳転移への効果が高く、無増悪生存期間の中央値が約18-19か月と、第1世代・第2世代の薬剤よりも優れた成績を示しています。
耐性遺伝子T790Mへの対応
第1世代・第2世代のEGFR阻害薬(イレッサ、タルセバ、ジオトリフ)を使用した後、がんが再び増殖してくる(増悪する)患者さんの約50-60%で、「T790M」という耐性遺伝子が出現することが分かっています。
T790M変異が陽性となった場合、タグリッソが有効です。タグリッソはT790M変異を持つがん細胞に対しても効果を発揮する設計となっています。
T790M変異の確認方法としては、従来の組織生検に加えて、血液検査(リキッドバイオプシー)も保険適用となっており、患者さんの負担が軽減されています。
アンコモン変異への対応
エクソン18変異、エクソン20挿入変異などのアンコモン変異に対しては、標準的な治療が確立していない変異もあります。
ただし、ジオトリフは一部のアンコモン変異に対して効果が報告されています。また、エクソン20挿入変異に対しては、ビジンプロやモボセルチニブという薬剤が承認されており、治療選択肢が広がっています。
ALK融合遺伝子変異陽性の場合の治療
ALK融合遺伝子変異は、非小細胞肺がん患者さんの約3-5%で見つかります。比較的若年者や非喫煙者に多い傾向があります。
一次治療で使用される薬剤
ALK融合遺伝子陽性の進行非小細胞肺がんに対して、一次治療で使用できる分子標的薬は以下の通りです。
| 薬剤名(一般名) | 世代 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| アレセンサ(アレクチニブ) | 第2世代 | 脳転移への効果が高い。現在の標準的な一次治療。 |
| ザーコリ(クリゾチニブ) | 第1世代 | 初めて承認されたALK阻害薬。ROS1にも有効。 |
| ジカディア(セリチニブ) | 第2世代 | ザーコリ後の治療として承認。一次治療でも使用可能。 |
| ローブレナ(ロルラチニブ) | 第3世代 | 複数の耐性変異に対応。脳転移への高い効果。 |
| アレクセンザ(ブリグチニブ) | 第2世代 | アレセンサ後の選択肢として有効。 |
現在、ALK融合遺伝子陽性の一次治療では、アレセンサが標準的な選択肢となっています。アレセンサは臨床試験において、ザーコリと比較して無増悪生存期間が有意に延長することが示されました(約34か月 vs 約11か月)。
特に、アレセンサは脳転移に対する効果が高く、脳転移を有する患者さんや脳転移のリスクが高い患者さんに対して有用です。
治療戦略の考え方
ALK陽性肺がんの治療では、一次治療でどの薬剤を選択するかによって、その後の治療戦略が変わってきます。
一次治療でアレセンサを使用した場合、増悪後はアレクセンザ、ローブレナなどが選択肢となります。一方、ザーコリを一次治療で使用した場合は、増悪後にアレセンサ、ジカディア、ローブレナなど複数の選択肢があります。
また、ALK陽性肺がんでは、ペメトレキセドという抗がん剤の効果が比較的高いことも報告されており、プラチナ系抗がん剤とペメトレキセドの併用療法も治療選択肢として重要です。
ROS1融合遺伝子変異陽性の場合の治療
ROS1融合遺伝子変異は、非小細胞肺がん患者さんの約1-2%で見つかる比較的まれな変異です。
使用できる薬剤
ROS1融合遺伝子陽性の患者さんに対しては、以下の薬剤が使用できます。
| 薬剤名(一般名) | 特徴 |
|---|---|
| ザーコリ(クリゾチニブ) | ALKとROS1の両方を阻害。ROS1陽性肺がんでの奏効率は約70%。 |
| ローズリートレク(エヌトレクチニブ) | ROS1、NTRK、ALKを阻害。脳転移への効果も期待できる。 |
ROS1陽性肺がんは患者数が少ないため、第3相試験(大規模な比較試験)は実施されていませんが、第2相試験においてザーコリの高い有効性が示されています。無増悪生存期間の中央値は約19か月、奏効率は約70%と報告されています。
ローズリートレクは、ROS1に加えてNTRK融合遺伝子にも効果を示す薬剤であり、脳転移を有する患者さんにも使用されています。
その他の遺伝子変異に対する治療
近年、EGFR、ALK、ROS1以外の遺伝子変異に対する分子標的薬も承認されています。
BRAF V600E変異
BRAF V600E変異陽性の非小細胞肺がんに対しては、タフィンラー(ダブラフェニブ)とメキニスト(トラメチニブ)の併用療法が承認されています。この併用療法の奏効率は約60-65%と報告されています。
MET遺伝子変異
METエクソン14スキッピング変異陽性の患者さんに対しては、テプミトコ(テポチニブ)やタブレクタ(カプマチニブ)が使用できます。いずれも奏効率は約40-50%程度です。
RET融合遺伝子変異
RET融合遺伝子陽性の患者さんに対しては、レットヴィモ(セルペルカチニブ)が承認されています。奏効率は約60-65%と報告されています。
NTRK融合遺伝子変異
NTRK融合遺伝子陽性の患者さんに対しては、ローズリートレクやビトラクビ(ラロトレクチニブ)が使用できます。これらは肺がんに限らず、NTRK融合遺伝子を持つ様々ながん種に対して効果を示します。
遺伝子検査の方法と費用
検査方法
遺伝子検査は、気管支鏡検査や針生検などで採取したがん組織を用いて行います。十分な組織量が得られない場合は、血液検査(リキッドバイオプシー)で遺伝子変異を調べることも可能です。
現在は、複数の遺伝子を同時に調べる「遺伝子パネル検査」が保険適用となっており、1回の検査で主要なドライバー遺伝子変異を網羅的に調べることができます。
検査費用
遺伝子パネル検査の費用は、検査の種類によって異なりますが、保険適用の場合、3割負担で約5万円~15万円程度です。
高額療養費制度を利用すれば、所得に応じて自己負担額の上限が設定されるため、実際の負担額はさらに軽減されます。
分子標的薬の治療費
分子標的薬は高額な薬剤ですが、いずれも保険適用となっています。
| 薬剤名 | 1か月あたりの薬剤費(3割負担の目安) |
|---|---|
| イレッサ | 約15万円~20万円 |
| タグリッソ | 約35万円~40万円 |
| アレセンサ | 約40万円~45万円 |
※上記は薬剤費のみの目安であり、診察料や検査費用は含まれていません。
高額療養費制度を利用することで、1か月あたりの自己負担額は所得に応じて約8万円~25万円程度に軽減されます。年収が約370万円以下の方の場合、自己負担額の上限は約5万7千円です。
また、多くの製薬会社が患者支援プログラムを提供しており、経済的な理由で治療を受けられない患者さんに対する支援制度もあります。
治療効果の評価方法
分子標的薬の治療効果は、主に以下の指標で評価されます。
奏効率
腫瘍が30%以上縮小した患者さんの割合を示します。EGFR陽性肺がんに対するタグリッソの奏効率は約70-80%です。
無増悪生存期間(PFS)
治療開始から、がんが増悪するまで、または患者さんが亡くなるまでの期間を指します。分子標的薬の効果を比較する重要な指標です。
全生存期間(OS)
治療開始から患者さんが亡くなるまでの期間を示します。最も重要な指標ですが、評価に時間がかかります。
治療選択における注意点
遺伝子検査の重要性
分子標的薬を使用するためには、遺伝子検査が必須です。検査を受けずに従来の抗がん剤治療を開始してしまうと、より効果的な治療機会を逃す可能性があります。
特に、非喫煙者、腺がん、若年者の場合は、ドライバー遺伝子変異が見つかる可能性が高いため、必ず遺伝子検査を受けることが推奨されます。
脳転移の有無
肺がんは脳転移を起こしやすいがんです。分子標的薬の中には、脳転移に対して効果が高いものがあります(タグリッソ、アレセンサなど)。
治療前にMRI検査で脳転移の有無を確認し、脳転移がある場合はそれに適した薬剤を選択することが重要です。
治療継続の重要性
分子標的薬は、効果が持続している限り継続して使用することが基本です。副作用のために休薬や減量が必要になることもありますが、主治医と相談しながら可能な限り治療を継続することが重要です。
まとめ:遺伝子検査から始まる個別化医療
非小細胞肺がんの治療は、遺伝子検査によって患者さん一人ひとりに最適な治療を選択する「個別化医療」の時代に入っています。
分子標的薬が使える条件は、特定のドライバー遺伝子変異が陽性であることです。EGFR遺伝子変異陽性の場合はタグリッソなどのEGFR阻害薬、ALK融合遺伝子陽性の場合はアレセンサなどのALK阻害薬が使用できます。
治療を開始する前に、必ず遺伝子検査を受けて自分のがんの特徴を知ることが、最適な治療を受けるための第一歩となります。
また、分子標的薬は高額ですが、保険適用と高額療養費制度により、経済的な負担を軽減しながら治療を受けることが可能です。
遺伝子検査の結果、治療選択、費用について不明な点があれば、主治医や医療ソーシャルワーカーに相談しましょう。

