
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
がんと診断されることは、患者さんの人生において最も大きな衝撃を与える出来事のひとつです。
進行度や部位によってリスクは異なりますが、命の危険を感じ、これまでと同じ気持ちで人生を歩めないと感じることは多くの患者さんに共通しています。
「知らないほうがよかった」「告知の日から不安が消えない」「がんであることを忘れられたらどんなに楽か」という声を、私は何度も患者さんから聞いてきました。
がん治療においては、どのような治療手段を選ぶかという点が重要です。しかし同時に、あるいはそれ以上に「どのようなメンタルを持つのか」という点も重要な要素です。
強いストレスは体に影響を与えます。ストレスで胃に穴があくという出来事が珍しくないように、精神的な負担が肉体的な症状として現れることは誰もが経験から理解しています。
対人関係が苦手な方は、圧力を感じる人と会うと蕁麻疹が出たり、すぐに潰瘍ができたりします。嫌なことをする、嫌な思いをすることは、精神的に問題があるだけでなく、肉体的にも影響するのです。
ストレスとがんの関係について
ストレスとがんの関係については、さまざまな研究が行われています。
米国スタンフォード大学の研究(米国国立がん研究所との共同)では、マウスを使った実験で「不安とストレスががんの進行をさらに加速させる可能性がある」と報告されました。この研究は2012年4月に発表されたものですが、その後も類似の研究が続いています。
2025年の研究でも、ストレスホルモンが免疫細胞の連鎖反応を引き起こし、休眠状態のがん細胞を刺激する可能性が示されました。マウスを使った実験では、ストレスを受けたマウスで休眠していたがん細胞が再び活動を始めたという結果が報告されています。
ただし、これらはマウスを使った実験です。ヒトを対象にした研究では、ストレスとがんの転帰(再発、進行、死亡など)との間に明確な関連性を示したものはまだありません。ストレスの定義や測定が難しいという理由もあり、研究は容易ではありません。
ストレスががんに影響を与えるメカニズム
現時点では、ストレスががんの発生リスクを高めるかどうかの科学的な裏付けは完全にはとれていません。しかし、いくつかのメカニズムが考えられています。
| メカニズム | 内容 |
|---|---|
| 活性酸素の増加 | 心身にストレスがかかると体内で活性酸素が発生し、この活性酸素が過剰になると遺伝子を傷つけて発がんを促進すると考えられています。 |
| 免疫力の低下 | 慢性的なストレスは身体の免疫力を低下させます。私たちの体では1日に5000~6000個の異型細胞(がん細胞のもと)が発生していますが、免疫機能がこれらを消去しています。免疫力が低下すると、この機能がうまく働かなくなります。 |
| 自律神経の乱れ | ストレスを感じると交感神経が優位に働きます。慢性的にストレスにさらされると交感神経が過度に働き続け、身体の防御機構が疲弊し、がんと闘うための身体の状態を維持することが難しくなります。 |
| 不健康な行動の誘発 | ストレスを解消しようとして過食や飲酒などの不健康な行動を起こすことがあります。過剰なアルコール摂取や塩分の多い食事は、さまざまながんのリスクを高めることが知られています。 |
国立がん研究センターの調査によれば、日常的に自覚するストレスのレベルが高い状態が続くと、がんにかかるリスクが11%上昇することが認められています。特に男性はリスクが上がりやすい傾向があります。
このように、ストレスをできるだけ軽減すること、不安や恐怖に支配されないことは、がん治療においても大切な要素です。
がんであることを忘れることはできるのか
故・小林麻央さんのブログに、こんなことが書いてありました。
「最終目標は、自分が患者であることを忘れることだと主治医から言われた」
真面目な患者とならず、自分は病人だと思い、殻に閉じ込められないで、という主治医からのエールだったのでしょう。励ましの言葉であることは分かります。
しかし、もし「忘れましょう」で話が終わってしまったなら、これは酷なことです。
自分の身に起きた、人生を左右する出来事を忘れることなど、人間にはできないからです。過去を消すことができないのと同じくらい、「がんを忘れる」というのは不可能なことです。
住んでいる自宅の場所を忘れることができないのと同じように、自分の親や子の顔を忘れることができないのと同じように、がんであることを忘れることはできません。
より適切なアドバイスは次のようなものだと私は考えています。
「がんであることを忘れたり、病気と闘う身(患者さんであること)を忘れることなどできないが、不安や恐怖に支配されないことは大切である。そのためには自分の思考をコントロールしなければならない」
実際に私はそのように患者さんには話しています。忘れることはできませんが、できるだけ頭から追い出すことはできるのです。
がん診断後の心の変化
がんと診断された後、患者さんの心はどのように変化していくのでしょうか。一般的な経過を理解しておくことは、自分の状態を把握するうえで役立ちます。
| 時期 | 心の状態 | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 診断直後 | 大きな衝撃を受け、動揺し混乱します。「何かの間違いでは?」と診断結果を認めようとせず、現実ではないような無感覚に陥ることもあります。これは心理的に距離を置いて危機を遠ざけようとする自己防衛の働きです。 | 数日~1週間程度 |
| 不安定期 | 気持ちが不安定になり、身体的にも食欲不振や不眠などの症状が出ます。「なぜ私だけ」という怒りに似た感情を感じたり、自分自身を責めたりすることもあります。 | 1~2週間程度 |
| 適応期 | 少しずつ日常を取り戻す中で、現実の問題に向き合い、困難を乗り越えようとする力が徐々に湧いてきます。がんの情報を集めたり、同じ体験をした人に話を聞こうと動き始めることができるようになります。 | 2週間以降 |
この経過は個人差があり、必ずしも順番どおりではありません。一日の間でも心の状態は変化します。ただし、落ち込みや不安など、気分の不安定な状態が長期間続く場合は、精神科医や臨床心理士などに相談し、心のケアを受けることが大切です。
がん患者さんに多い精神症状
がん患者さんに合併する主な精神疾患には適応障害、うつ病、せん妄があります。
適応障害
適応障害とは、強い心理的ストレスのために、日常生活に支障をきたすほどの不安や抑うつ気分が続く状態をいいます。がん患者さんの10~30%程度に適応障害が認められることが研究で示されています。これは、がん患者さんに最も多くみられる心の問題です。
具体的には、憂うつな気分や不安感が強くなって過剰に心配したり、涙もろくなったり、絶望感を抱いたりします。また、日課が普通にできなくなることもあります。
うつ病
抑うつ気分または興味や喜びの著しい減退がほとんど一日中、ほとんど毎日のようにあって、眠れない状態や食欲がない状態が2週間以上続き、それによって日常生活に支障をきたしている場合はうつ病の可能性があります。
がん患者さんの5~10%の方がうつ病の状態を経験されています。がん患さんの場合、精神症状よりも「頭が重い」「吐き気がする」「食欲がない」「疲れやすい」「眠れない」といった身体面の症状を訴えることが多い点が特徴です。
これらの症状はがんに伴う身体症状や抗がん剤の副作用として現れることもあるため、「がんだから当然だ」「薬の副作用だからしかたがない」と我慢してしまうことがあります。
不安や恐怖に支配されないための具体的な方法
忘れることはできませんが、できるだけ頭から追い出す方法はあります。ここでは具体的な対処法をご紹介します。
1. 正しい知識を身につけ、納得して道を選ぶ
夜、ベッドに入ろうというとき、ふと「私の選んだ手段は、本当にこれでよかったのか?何か他に選択肢があったのかもしれない」という考えが浮かんだら、そのまま安らかに眠ることはできません。
ベッドに入るのを止め、パソコンかスマホを開いて検索を始めるでしょう。
がんに関する情報は玉石混交です。また、公式なものが良いとは限らず、一見して信頼性が低そうなものが正しいということもあります。調べ始めてすぐに答えが見つかることはまずありません。
しかし、それでも正しい知識と事実を整理していくことは必要です。パニックにならないために知識を集めるのではなく、自分がこれから闘うための武器としての知識を揃えていくということです。
これが不十分なうちは、不安や恐怖が常に脳裏をよぎります。逆に、十分な知識を得て納得した治療方針を決めることができれば、「決めたらやるだけ」という状態になり、心の平穏を保ちやすくなります。
2. 暇にしないこと――仕事ややるべきこと、やりたいことに集中する
医療について何をするかを決め、受ける日程や検査の日程を決めたら「その日になったら忘れずに行くだけ」です。納得した手段なら、治療についてはそれだけです。
あとは、自分のやるべきこと、やりたいことを整理して優先順位をつけ、その実行にフォーカスを当てます。
どうすればよりよくできるのか?どうすれば楽しんでできるのか?
集中したり、夢中になったりすればするほど、脳の中に「がんのこと、病気のこと」は登場しなくなります。
人間はその一瞬に、ひとつのことしか考えられません。笑いながら泣くことは絶対にできませんし、物事に集中しているときに不安になることはできないのです。
自分にはやりたいことがない、という方でも、好きなことややってみたいことは何かあると思います。人の役に立とうなんて考えなくても、好きなことをやることは「自分という一番大事な人間にとって役に立つ」のです。
誰にも手が出せない自分だけの聖域、つまり心の中を不安や恐怖に支配されないようにしましょう。自分だけのものだ、と強く意識して邪魔させないことです。
3. 具体的なストレス対処法を実践する
がん患者さんがストレスに対処するための方法は、以下のようなものがあります。
| 対処法 | 具体的な内容 |
|---|---|
| リズミカルな運動 | ウォーキングや軽いストレッチ、体操、音楽に合わせて体を動かすことは、心身のリフレッシュに繋がります。リズミカルで機械的な反復を含むことは心を和ませるのに効果的です。 |
| 気持ちを表現する | 身近な人に気持ちを伝えたり、第三者(医師、看護師、同じような経験を持つ患者さんの交流会など)に相談したりすることで、心理的な支援を得られます。泣いてストレスを発散することも有効です。 |
| リラクセーション | 深呼吸、漸進的筋弛緩法などのリラクセーション法を身につけることで、不安・緊張感を和らげる、寝付きをよくする、痛みを間接的に軽くするなどの効果が期待できます。 |
| 日常の美しさを見つける | 日の光、色鮮やかな花、空に浮かぶ雲など、一瞬の美しさ、小さな恩恵、感謝しうる小さなことを見つけて記録することで、前向きな気持ちを保つことができます。 |
| 自分を肯定する | 「私なら対処できる」「ほかの人ができたのだから、私にもできる」といった自己肯定的な言葉を自分にかけることで、気持ちが前向きになります。 |
4. 専門家による心のケアを受ける
つらい気持ちを家族や友人にさえ打ち明けられない、不安や落ち込みが続いている、眠れない、食欲がないなど、精神的・身体的につらいときには、心のケアの専門家に相談することをお勧めします。
心のケアは、心療内科医や精神科医、臨床心理士が専門家として当たります。病院によって「精神科」「心療内科」「精神腫瘍科」「サイコオンコロジー科」など標榜する診療科が異なります。
また、「緩和ケアチーム」や「支持療法チーム」というサポートチームに所属していることもあります。がん診療連携拠点病院には、これらの専門家が配置されています。
専門家による心のケアの基本はカウンセリングです。カウンセリングは、心のケアの専門家と不安や落ち込みについて話していくことが中心になります。言葉にすることで気持ちが楽になり整理がつくことが多くあります。
必要に応じて、医師が薬を使った治療を行い、臨床心理士が薬を使わない治療(心理療法、リラクセーション)を担当します。
専門の医師によるカウンセリングや薬物治療の費用は公的保険が適用されます。病院によっては、無料で心理相談を受けているところもあります。
家族のサポート
がんと告知をされると、家族全体に変化が生まれます。家族の精神的な問題に限らず、患者さんの身の回りのお世話という現実的な問題、家族の中での役割の変化、経済的な問題などさまざまです。
ご家族は、「患者さんとどのように接したらいいのか」と戸惑われ、「患者さんが頑張っているのに、家族が弱音を吐いてはいけない」とご家族自身が精神的負担を感じられている場合が多いです。
しかし、家族も無理をせず、自分の気持ちを表現することが大切です。手伝ってくれる人、助けてくれる人を見つけることも重要です。家族が心身ともに健康でいることが、患者さんを支える力になります。
まとめ――思考をコントロールすることの重要性
がんであることを完全に忘れることはできません。しかし、不安や恐怖に支配されないように、自分の思考をコントロールすることは可能です。
そのためには次のことが重要です。
・正しい知識を身につけ、納得して治療方針を決める
・暇にせず、やるべきこと、やりたいことに集中する
・具体的なストレス対処法を実践する
・必要に応じて専門家の支援を受ける
本来、人間にはつらい状態におかれたとしても、自分自身で乗り越え、回復していく力が備わっています。その力を最大限に引き出すために、適切な知識と対処法を持つことが大切です。
心の中を自分だけの聖域として、不安や恐怖に邪魔されないように守ることを意識してください。
参考文献・出典情報
2. 国立がん研究センター がん情報サービス|専門家による心のケア
5. 日本サイコオンコロジー学会|がん患者さんとご家族のこころのサポートチーム
6. MSD oncology|がん治療中の患者と家族の心のケア
8. ファイザー|がんと診断されたら~心の負担を軽くするために

