こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
がんの薬物療法を受けることになったとき、多くの患者さんは「どのくらいの量の薬を使うのか」「どんなスケジュールで治療するのか」といった疑問を持たれます。
薬物療法は手術や放射線治療と異なり、繰り返し行われる治療であり、そのスケジュールの理解は治療を受ける上で重要な要素となります。
この記事では、がんの薬物療法における投与量の決め方やスケジュールの組み立て方について、最新の情報を交えながら詳しく解説していきます。
がんの薬物療法における投与量の決め方
がんの薬物療法では、使用する薬が決まった後、次に重要となるのが投与量の決定です。投与量は患者さんごとに異なり、主に体格を基準として算出されます。
体表面積による投与量の算出
多くの抗がん剤では、患者さんの体表面積を基準に投与量が決められています。体表面積とは、体の表面の面積のことで、身長と体重から「デュボアの式」と呼ばれる計算式を用いて算出されます。
デュボアの式は次のような計算式です。
体表面積(m²) = 体重(kg)^0.425 × 身長(cm)^0.725 × 71.84 ÷ 10000
例えば、身長160cm、体重55kgの患者さんの場合、体表面積は約1.5m²となります。抗がん剤の投与量が「100mg/m²」と指定されている場合、この患者さんへの実際の投与量は150mgとなります。
体表面積を基準とする理由は、体の大きさに比例して薬の代謝や排泄の能力も変わるためです。同じ量の薬でも、体の小さい人と大きい人では体内での作用が異なります。体表面積を基準にすることで、より適切な投与量を設定できるのです。
腎機能による投与量の調整
一部の抗がん剤では、腎臓の機能を基準に投与量を決めることもあります。代表的な薬がカルボプラチンです。
カルボプラチンの投与量は「AUC(血中濃度時間曲線下面積)」という指標を用いて決められます。AUCは薬が体内にどれだけ存在したかを示す値で、腎臓の機能(糸球体濾過量)を基に算出されます。
投与量の計算式は次のようになります。
カルボプラチン投与量(mg) = 目標AUC × (糸球体濾過量 + 25)
例えば、目標AUCが5mg・min/mL、糸球体濾過量が100mL/分の患者さんの場合、投与量は625mgとなります。この方法はCalvert式と呼ばれ、2025年現在も標準的な計算方法として広く使用されています。
投与量の調整と変更
治療開始後、患者さんの状態によって投与量を調整することがあります。特に重い副作用が現れた場合は、次回以降の投与量を減らしたり、投与を一時的に中止したりします。
また、治療中に体重が10%以上変動した場合は、体表面積を再計算し、投与量を見直すことが推奨されています。
レジメンとは何か
がんの薬物療法では、「レジメン」という言葉が頻繁に使われます。レジメンとは、抗がん剤の投与量、投与スケジュール、治療期間を示した治療計画書のことです。
レジメンに含まれる情報
レジメンには、以下のような情報が詳しく記載されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 使用する薬剤名 | 主薬となる抗がん剤や支持療法薬の名称 |
| 投与量 | 各薬剤の投与量(mg/m²やmg/body等) |
| 投与方法 | 静脈注射、点滴、経口など投与経路 |
| 投与時間 | 点滴の場合の投与にかかる時間 |
| 投与日 | 1サイクル内のどの日に投与するか |
| サイクル期間 | 1サイクルの日数(14日、21日、28日等) |
| 総サイクル数 | 繰り返す回数の目安 |
例えば、乳がんでよく使われるFEC療法のレジメンでは、エピルビシン100mg/m²、シクロホスファミド500mg/m²、5-FU 500mg/m²を第1日目に投与し、3週間を1サイクルとして4サイクル繰り返す、といった内容が記載されています。
レジメンの役割と管理
レジメンは、医師、薬剤師、看護師など治療に関わる全ての医療スタッフで共有される重要な文書です。これにより、誤投与や投与量の間違いを防ぎ、安全な治療の実施が可能となります。
多くの病院では、院内にレジメン審査委員会が設置されており、新しいレジメンを導入する際は、医師、薬剤師、看護師など多職種による審査を経て承認されます。2025年現在、多くのがん診療拠点病院では、使用しているレジメンをホームページで公開しており、地域の医療機関や保険薬局との連携に役立てています。
コース・クールとは
がんの薬物療法では、「コース」または「クール」という単位が使われます。この言葉の意味を理解することで、治療の全体像を把握しやすくなります。
コース・クールの定義
コース(またはクール)とは、投与期間と休薬期間を含めた1つの治療の区切りのことです。多くの抗がん剤治療では、薬を投与する期間と、投与しない休薬期間を組み合わせて治療を進めます。
例えば、「3週間を1コース」という場合、第1日目に薬を投与し、その後20日間は休薬し、また次の投与を行う、というサイクルを繰り返します。この3週間の期間を1コースと数えるのです。
休薬期間が設けられる理由
なぜ休薬期間が必要なのでしょうか。抗がん剤はがん細胞だけでなく、正常な細胞にもダメージを与えます。特に、骨髄や消化管の粘膜など、活発に分裂している細胞は影響を受けやすくなります。
休薬期間を設けることで、ダメージを受けた正常な細胞が回復する時間を確保できます。骨髄で作られる白血球や血小板などの血液細胞が回復するには、通常1〜2週間程度かかります。この回復を待ってから次の投与を行うことで、治療を安全に継続できるのです。
コース数の決め方
術前化学療法や術後化学療法では、コース数があらかじめ決められていることが多くあります。例えば、乳がんの術後化学療法では「4コース」や「6コース」といった設定がなされます。
一方、進行がんや再発がんの治療では、効果や副作用を見ながら治療を継続するかどうかを判断します。この場合、コース数は固定されず、病状に応じて柔軟に対応します。
さまざまな投与方法
がんの薬物療法には、いくつかの投与方法があります。それぞれの特徴を理解しておくことが大切です。
静脈注射(点滴)
最も一般的な投与方法が静脈注射、特に点滴による投与です。2025年現在使用されている抗がん剤の多くは、この方法で投与されます。
点滴にかかる時間は薬の種類によって異なり、15分程度の短時間で終わるものから、数時間かかるものまであります。例えば、免疫チェックポイント阻害剤であるアテゾリズマブは、初回は60分、2回目以降は30分かけて投与します。
抗がん剤は原液のまま投与すると血管に強い刺激を与えるため、生理食塩水やブドウ糖液で希釈して使用します。希釈する量や投与速度も、薬ごとに細かく決められています。
経口薬
近年、経口薬(飲み薬)の抗がん剤が増えています。分子標的薬の多くは経口薬として開発されており、自宅で服用できる利便性があります。
代表的な経口薬には、以下のようなものがあります。
- オシメルチニブ(タグリッソ):肺がんの治療薬
- イマチニブ(グリベック):慢性骨髄性白血病の治療薬
- アベマシクリブ(ベージニオ):乳がんの治療薬
- オラパリブ(リムパーザ):卵巣がん、乳がんの治療薬
経口薬は自宅で服用できる一方、服用のタイミングや用量を自己管理する必要があります。服用時間がずれたり飲み忘れたりすると、薬の効果が十分に得られない可能性があります。医師や薬剤師の指示をしっかりと守ることが重要です。
その他の投与方法
特殊な投与方法として、以下のようなものもあります。
皮下注射:皮膚の下に薬液を注射する方法で、一部のホルモン療法薬などで用いられます。
動脈注入:がんに栄養を送っている動脈に直接カテーテルを入れ、高濃度の抗がん剤を投与する方法です。肝臓がんの肝動脈化学塞栓療法などで用いられます。
外来化学療法の普及
2025年現在、がんの薬物療法は大きく変化しています。かつては入院して行うことが一般的でしたが、現在は外来で治療を受ける患者さんが増えています。
外来化学療法とは
外来化学療法とは、入院せずに通院で抗がん剤の投与を受ける治療形態です。抗がん剤の副作用を抑える支持療法の進歩により、多くの治療が外来で安全に実施できるようになりました。
外来化学療法には、以下のようなメリットがあります。
- 普段の生活を維持しながら治療を受けられる
- 仕事や家事を続けながら治療できる
- 入院に伴う経済的負担が軽減される
- 家族と過ごす時間を確保できる
外来化学療法の実際
通常、初回の治療(1コース目)は、患者さんの様子を観察し、重い副作用が出た際にすぐ対応できるよう入院して行うことが多くあります。初回治療で問題がなければ、2コース目以降は外来で治療を継続します。
外来化学療法を行う患者さんには、次のような条件が求められます。
- 全身状態が良好である
- 通院が可能である
- 治療や検査がスケジュール通りに受けられる
- 副作用が出た際に病院に連絡できる
外来化学療法室の整備
多くの病院では、外来化学療法を専門に行う「外来化学療法室」または「外来化学療法センター」が設置されています。リクライニングチェアやベッドが備えられ、患者さんがリラックスして治療を受けられるよう配慮されています。
2024年度の診療報酬改定では、外来腫瘍化学療法診療料の要件が見直され、より質の高い外来化学療法の提供が求められるようになりました。24時間の緊急相談体制の整備や、レジメンの公開などが施設基準として定められています。
自宅での過ごし方
外来で治療を受けた後は、自宅で普段通りの生活を送ることができます。ただし、副作用の症状には注意が必要です。
次のような症状が現れた場合は、すぐに病院に連絡する必要があります。
- 38度以上の発熱
- 激しい吐き気や嘔吐
- 呼吸困難
- 強い痛み
- 出血が止まらない
病院では、緊急時の連絡先や対応方法について、治療開始前のオリエンテーションで詳しく説明されます。
制吐療法の進歩
抗がん剤治療の副作用として代表的なものが吐き気や嘔吐です。この副作用を抑える制吐療法も、近年進歩しています。
催吐性リスクに応じた対策
抗がん剤は、その催吐性(吐き気を起こしやすさ)によって、高度催吐性リスク、中等度催吐性リスク、軽度催吐性リスクに分類されています。
高度催吐性リスクの抗がん剤に対しては、NK1受容体拮抗薬、5-HT3受容体拮抗薬、デキサメタゾン、オランザピンの4剤を組み合わせた制吐療法が推奨されています。
カルボプラチンのように、投与量によって催吐性リスクが変わる薬もあります。AUC 4以上で投与する場合は高度催吐性リスクとして扱い、それに応じた制吐療法を行います。
投与スケジュールの例
実際の投与スケジュールの例をいくつか見てみましょう。
乳がんのFEC療法
第1日目:エピルビシン、シクロホスファミド、5-FUを点滴投与
第2〜21日目:休薬期間
これを1コースとして、4コース繰り返します。
大腸がんのFOLFOX療法
第1日目:オキサリプラチン、レボホリナート、5-FUを投与
第2日目:5-FUを持続投与
第3〜14日目:休薬期間
2週間を1コースとして、病状に応じて繰り返します。
肺がんの免疫療法
アテゾリズマブ単剤の場合:
第1日目:アテゾリズマブを30〜60分かけて点滴投与
3週間を1コースとして、効果が続く限り継続します。
治療スケジュールの変更
予定されていた投与スケジュール通りに治療が進まないこともあります。
投与延期の理由
次のような場合、予定していた投与を延期することがあります。
- 白血球数や血小板数が基準値まで回復していない
- 肝機能や腎機能の数値が悪化している
- 重い感染症を発症している
- 口内炎や下痢などの副作用が強く残っている
投与前には必ず血液検査を行い、治療を安全に行える状態かどうかを確認します。基準を満たしていない場合は、1週間程度投与を延期し、回復を待ちます。
投与量の減量
前回の治療で重い副作用が出た場合、次回以降の投与量を減らすことがあります。一般的に、20%程度の減量を行います。
例えば、本来の投与量が100mg/m²の薬を、80mg/m²に減量して投与するといった調整です。
がんの薬物療法と仕事の両立
外来化学療法の普及により、仕事を続けながら治療を受ける患者さんが増えています。2025年の推計では、がん治療のために通院している就労者は約50万人とされています。
治療スケジュールの調整
仕事との両立を考える際は、治療スケジュールを理解することが重要です。例えば、3週間に1回の点滴治療であれば、その日を休暇にして、他の日は通常通り働くといった調整が可能です。
主治医に仕事の状況を伝え、可能な範囲で通院日を調整してもらうこともできます。多くの病院では、土曜日や夕方の時間帯にも外来化学療法を実施しています。
副作用への対応
治療後の副作用は、薬の種類や個人差によって異なります。倦怠感が強く出る場合は、治療翌日を休暇にする、午後からの勤務にするなど、職場と相談して柔軟な働き方を検討することが大切です。
最新の取り組み
2026年現在、がんの薬物療法に関する新しい取り組みが進められています。
レジメンの標準化と公開
各病院で使用されているレジメンの標準化が進んでいます。国立がん研究センターなどの主要な医療機関では、ホームページでレジメンを公開し、地域の医療機関との連携に活用しています。
これにより、患者さんが転院した場合でも、同じ治療を継続しやすくなっています。
がんゲノム医療の進展
個々の患者さんのがんの遺伝子変異を調べ、最適な薬を選択するがんゲノム医療が普及してきています。2025年3月時点で、がんゲノム情報管理センターに登録された患者数は10万例を超えました。
遺伝子変異に基づいて薬を選択することで、より効果的な治療が期待できます。
デジタル技術の活用
ICT(情報通信技術)を活用した患者管理も進んでいます。患者さんがタブレット端末やスマートフォンで副作用を記録し、医療スタッフと情報を共有するシステムが導入されている施設もあります。
これにより、副作用の早期発見や適切な対応が可能となり、治療の継続性が向上しています。

