
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
膵臓がんは早期発見が難しく、診断時にはすでに進行しているケースが多い病気です。特に血管にがんが浸潤している局所進行膵臓がんの場合、従来の外科手術では切除が困難とされてきました。
こうした切除困難な膵臓がんに対して注目されているのが「ナノナイフ治療」です。正式には不可逆電気穿孔法(IRE: Irreversible Electroporation)と呼ばれるこの治療法は、高圧電流を用いてがん細胞のみを破壊する局所療法です。
この記事では、ナノナイフ治療を受けるための条件、実施できる医療機関、費用、合併症や後遺症、そして治療後に手術が可能になるケースについて、2026年時点の最新情報をもとに解説します。
膵臓がんの標準治療とナノナイフ治療の位置づけ
保険診療で受けられる膵臓がんの治療法は、手術、放射線治療、化学療法(抗がん剤治療)の3つです。
手術や放射線治療は局所的にがんを治療する方法であるため、他の臓器に転移がある場合には適応となりません。ステージ2であれば手術または放射線治療を選択できます。ステージ3になると放射線治療では対応しきれず、原則として手術が主な選択肢となります。
ステージ4では手術や放射線治療の適応外となり、抗がん剤治療が中心となるのが標準治療の基本的な枠組みです。
ナノナイフ治療は、このステージ4のうち特に「ステージ4a」と呼ばれる局所進行膵臓がんに対して、新たな治療選択肢として研究が進められている治療法です。
ナノナイフ治療とは何か
ナノナイフ治療は、細い電極針をがん病巣を取り囲むように数本刺し、そこに3,000ボルトという高電圧の電流を流すことで、がん細胞にナノサイズ(1mmの100万分の1)という極小の穴を開けて死滅させる治療法です。
熱を使わない点が大きな特徴です。1万分の1秒という極めて短時間のパルス電流を500~1,000回繰り返すことで、瞬時にがん細胞質を攻撃し、細胞を破壊します。
従来のラジオ波焼灼術は熱を使ってがん組織を焼灼する方法ですが、熱によって血管や胆管、神経などの正常組織も損傷してしまう可能性があります。一方、ナノナイフ治療では電流で細胞膜のみを破壊するため、血管や胆管、神経などタンパク質の線維で構成された構造物にはダメージを与えません。
膵臓の周辺には腹腔動脈、肝動脈、上腸間膜動脈、門脈などの重要な血管や、胆管、胃、十二指腸、大腸といった重要な臓器が複雑に入り組んでいます。そのため、膵臓がんは2cm程度の大きさでも、これらの重要臓器に近接または浸潤しやすく、外科手術が困難なケースが多くなります。
ナノナイフ治療では、こうした重要臓器を傷つけることなく、隙間を縫うようにしてがん細胞のみを攻撃できることが最大の利点です。
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ナノナイフ治療の実施手順
治療は全身麻酔のもとで行われます。高圧電流を流すと筋肉がけいれんを起こすため、筋弛緩剤を注射して筋肉の動きを抑えます。
超音波ガイド下で、長さ15cm、太さ1.1mm(19ゲージ)の電極針を2~6本、腫瘍を囲むように刺します。針の先端1~2cmが通電する電極部分となります。
CTと超音波で位置を確認しながら、1万分の1秒という短時間の電流を80~160回流し、がん細胞を死滅させます。治療にかかる時間は1~2時間程度です。
入院期間はおよそ10日間です。入院翌日に治療を行い、術後の経過が良好であれば治療後9日前後で退院できます。
ナノナイフ治療を受けるための条件
ナノナイフ治療が適応となるのは、以下の条件をすべて満たす場合です。
第一に、手術では切除できないと判断された局所進行膵臓がんであることが必要です。具体的には、がんが膵臓とその周囲にとどまっており、遠隔転移や腹膜播種がないことが条件となります。
ステージでいうと、ステージ3以上、ステージ4a以内が対象です。ステージ4aとは、がんが膵臓を超えて膵内胆管や十二指腸、膵周囲組織に浸潤があり、二群リンパ節まで転移があるもの、またはがんが膵臓周囲の血管に浸潤しているが、リンパ節転移がないか一群リンパ節までの転移にとどまるものを指します。
ステージ4bのように、肝臓や肺など遠隔臓器に転移がある場合は、ナノナイフ治療の適応外となります。ただし、転移病巣が小さく、膵臓の局所治療を行うことで生存期間の延長が見込める場合には、治療を検討することもあります。
第二に、腫瘍の大きさが3~4cm以内であることが条件です。それより大きいと、ナノナイフ治療では物理的に対応できません。
第三に、患者さん自身の体力が治療に耐えうるかどうかが重要です。全身麻酔を必要とするため、心疾患など重篤な持病がある方には適用できません。また、ほとんど食事が取れず寝たきりに近い状態の患者さんでは、合併症に耐えられない可能性が高いため実施が困難です。
十二指腸に浸潤した膵臓がんの場合、ナノナイフ治療後に十二指腸に穴が開き、そこに細菌が入って膿瘍を形成し、敗血症に至るリスクがあるため、治療が推奨されないケースが多くなります。
2026年時点でのナノナイフ治療実施施設
日本でナノナイフ治療を膵臓がんに対して実施している主な施設は、医療法人財団順和会山王病院がん局所療法センターです。同センター長で国際医療福祉大学教授の森安史典医師が、2015年に日本で初めて膵臓がんへのナノナイフ治療を実施して以降、豊富な治療実績を積み重ねています。
東京医科大学病院と国立がん研究センター中央病院も、臨床研究としてナノナイフ治療を行っています。特に東京医科大学病院では、2019年7月に肝細胞がんに対するナノナイフ治療が先進医療として承認され、臨床試験が進められています。
ただし、2026年時点でも膵臓がんに対するナノナイフ治療は保険適用されていません。実際に治療を受けようとする場合、山王病院への受診が現実的な選択肢となります。
主治医から切除不能の局所進行膵臓がんと診断された場合、主治医に紹介状を書いてもらうことで、山王病院での診療を受けることができます。
ナノナイフ治療の費用
2026年時点で、ナノナイフ治療は膵臓がんに対しては保険適用されておらず、全額自費診療となります。
治療費は施設によって若干異なりますが、治療費と入院費を含めて約260~270万円が目安とされています。この金額には、術前検査、全身麻酔、治療手技、入院費用、術後管理などが含まれます。
保険診療で行われるラジオ波焼灼術の場合、3割負担で15~20万円程度ですので、ナノナイフ治療は経済的負担が大きい治療法といえます。
今後、臨床研究の成果が蓄積され、安全性と有効性が確立されれば、先進医療や保険適用への道が開かれる可能性があります。肝細胞がんに対しては2019年に先進医療として承認されていますので、膵臓がんについても同様の流れが期待されています。
ナノナイフ治療の効果と治療成績
海外、特にアメリカではナノナイフ治療が広く行われており、膵臓がん患者さんの約半数がナノナイフ治療を受けているという報告もあります。
アメリカのルイビル大学が2015年に発表した論文によると、切除不能な局所進行膵臓がん200例に対してナノナイフ治療を実施したところ、50例でがんが縮小して手術可能な状態までダウンステージングできたとされています。
国際医療福祉大学山王病院の森安史典医師が第51回日本膵臓学会で報告した臨床研究では、ナノナイフ治療を受けた患者さんの全生存期間中央値は27.8カ月、3年生存率は37.0%、4年生存率は16.5%という成績が示されています。
また、山王病院での報告では、ナノナイフ治療を実施した63例のうち52例で有効性が認められ、平均6カ月の観察期間で局所制御率は83%と評価されています。
ナノナイフ治療は、治療前に十分な検討を行い、適応となる患者さんに対して実施される方法です。そのため、治療が実施できるケースでは目的とした効果を発揮できることが多いとされています。
ナノナイフ治療のみで完治を目指すというよりも、化学療法と組み合わせることで生存期間の延長を図る、またはがんを縮小させて手術可能な状態にすることが主な目的となります。
ナノナイフ治療後の手術への移行
ナノナイフ治療の重要な目的の一つが、切除不能とされていた膵臓がんを手術可能な状態までダウンステージングすることです。
ナノナイフ治療でがんが縮小し、周囲の血管への浸潤が減少すれば、膵頭十二指腸切除や膵体尾部切除といった根治的な手術が可能になるケースがあります。
膵頭十二指腸切除は、膵臓の頭部、十二指腸、胆管、胆嚢を周囲のリンパ節とともに切除する大きな手術です。胃の一部も切除することがあります。膵臓がんの手術の中でも最も複雑で難易度の高い手術の一つとされています。
手術後は、切除した部分や再建した部分から膵液や胆汁が漏れる膵液瘻や胆汁漏、胃の動きが悪くなる胃排泄遅延、出血、感染などの合併症が起こる可能性があります。合併症の発生率は40~50%程度とされていますが、経験豊富な施設では管理が優れており、術後の死亡率は1~3%程度に抑えられています。
ナノナイフ治療後に手術が可能になった場合、根治を目指せる可能性が高まりますが、手術自体にも相応のリスクが伴うことを理解しておく必要があります。
ナノナイフ治療の合併症と後遺症
ナノナイフ治療は比較的体への負担が少ない治療法ですが、合併症が全くないわけではありません。海外の報告では、膵臓がんに対するナノナイフ治療の合併症発生頻度は10~20%とされています。
治療中に起こりうる主な合併症は、不整脈、高血圧、出血です。
高圧電流を流すため、心臓のリズムが乱れて不整脈が発生するリスクがあります。このため、もともと心臓に疾患がある方はナノナイフ治療の適応外となります。
治療後に見られる合併症としては、腹痛、膵炎、出血、血栓、膿瘍(感染)などがあります。
最も頻度が高いのは腹痛で、多くの場合は治療後1~2日で回復します。これは針を刺すことによる一時的な痛みであり、大きなリスクではありません。
特に注意が必要なのは膿瘍(感染)です。がんをナノナイフで治療すると、がんは壊死しますが、そこに細菌が入り込んで膿を作ってしまうことがあります。最悪の場合、敗血症に至り命にかかわることもあります。
特に、がんが十二指腸に浸潤している場合、治療後に十二指腸に穴が開いて腸内細菌が漏れ出し、膿瘍を形成するリスクが高くなります。このため、十二指腸浸潤がある膵臓がんに対しては、ナノナイフ治療は推奨されないことが多くなっています。
膵炎は、治療によって膵臓に炎症が起きる合併症です。軽度であれば保存的治療で改善しますが、重症化すると入院期間が延びる原因となります。
出血は、電極針を刺す際に血管を傷つけたり、治療後に血管が破れたりすることで起こります。大量出血の場合は緊急処置が必要になることもあります。
血栓は、治療後に血管内で血液が固まってしまう合併症で、肺塞栓症や脳梗塞などを引き起こす可能性があります。
生活への影響と治療後の経過
ナノナイフ治療は開腹手術ではないため、体への負担は比較的軽いとされています。入院期間は約10日間で、順調に回復すれば治療後1週間程度で退院できます。
退院後は、体力の回復に応じて日常生活に戻ることができます。創部の痛みは個人差がありますが、数週間から数カ月程度で改善することが多いです。
ナノナイフ治療後は、多くの場合、化学療法(抗がん剤治療)を併用します。ナノナイフ治療で局所のがんを制御しつつ、抗がん剤で全身のがん細胞の増殖を抑えることで、より良い治療効果が期待できるとされています。
定期的な検査で経過を観察し、がんの再発や増大がないかを確認していきます。画像検査で効果判定を行い、必要に応じて再度ナノナイフ治療を行うことも可能です。
食事に関しては、特別な制限はありません。ただし、膵臓の機能が低下している場合や、治療後に膵炎が起きた場合には、消化酵素の補充や食事内容の調整が必要になることがあります。
ナノナイフ治療を検討する際のポイント
ナノナイフ治療は、切除不能とされた局所進行膵臓がんに対する新しい選択肢ですが、すべての患者さんに適しているわけではありません。
まず、自分のがんの状態がナノナイフ治療の適応となるかどうかを、主治医とよく相談することが重要です。遠隔転移の有無、腫瘍の大きさや位置、周囲臓器への浸潤の程度などを総合的に判断する必要があります。
次に、治療を実施している施設の実績や経験を確認することが大切です。ナノナイフ治療は高度な技術を要する治療法であり、経験豊富な医師のもとで受けることが安全性と効果の面で重要です。
費用面についても、自費診療で200万円以上かかることを考慮し、経済的な準備が可能かどうかを検討する必要があります。
また、ナノナイフ治療はあくまで局所治療であり、全身に転移があるケースには効果が期待できません。治療後も化学療法を継続する必要があることを理解しておくことが大切です。
体力や全身状態が治療に耐えうるかどうかも重要な判断材料です。合併症のリスクを考慮し、治療のメリットとデメリットを天秤にかける必要があります。
まとめ
ナノナイフ治療は、切除不能な局所進行膵臓がんに対する新しい治療選択肢として注目されています。高圧電流を用いてがん細胞のみを破壊し、周囲の血管や神経を温存できる点が最大の特徴です。
2026年時点では膵臓がんに対しては保険適用されておらず、自費診療で約260~270万円の費用がかかります。主な実施施設は山王病院がん局所療法センターで、東京医科大学病院などでも臨床研究が行われています。
適応となるのは、局所進行膵臓がん(ステージ4a)で、遠隔転移や腹膜播種がなく、腫瘍の大きさが3~4cm以内、体力的に治療に耐えうる状態の患者さんです。
治療成績としては、全生存期間中央値27.8カ月、3年生存率37.0%という報告があり、一部の患者さんでは治療後に手術可能な状態までがんが縮小することもあります。
合併症としては、腹痛、膵炎、出血、血栓、膿瘍などがあり、特に膿瘍や敗血症には注意が必要です。
ナノナイフ治療を検討する際は、自分のがんの状態が適応となるか、実施施設の経験や実績、費用、治療後の生活への影響などを総合的に考慮することが大切です。
主治医とよく相談し、標準治療との比較や他の治療選択肢も含めて、自分にとって最善の治療方針を決定していくことが重要です。