
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
前立腺がんのホルモン療法には、いくつかの選択肢がありますが、日本では「MAB療法」または「CAB療法」と呼ばれる併用療法が多く選択されています。
この治療法は、男性ホルモンを最大限に抑えることでがん細胞の増殖を食い止める考え方に基づいており、特に骨転移のある進行した前立腺がんの患者さんに対して有効性が示されています。
MAB療法(CAB療法)とは何か
MAB療法は「Maximum Androgen Blockade(マキシマム・アンドロゲン・ブロッケイド)」の略称で、「最大限の男性ホルモン遮断」という意味です。また、CAB療法は「Combined Androgen Blockade(コンバインド・アンドロゲン・ブロッケイド)」の略で、「複合的な男性ホルモン遮断」を意味します。
この2つの呼び方は同じ治療法を指しており、現在ではCAB療法という呼称がより一般的になってきています。いずれも、LH-RHアゴニスト(注射薬)と抗アンドロゲン薬(内服薬)を併用する治療方法です。
MAB療法が必要とされる理由
前立腺がんは、男性ホルモン(アンドロゲン)の刺激を受けて増殖する性質を持っています。そのため、男性ホルモンの働きを抑えることで、がん細胞の成長を食い止めることができます。
男性ホルモンの代表であるテストステロンは、約95%が精巣から分泌されています。外科的去勢術(精巣全摘)やLH-RHアゴニストを使用すれば、この精巣由来のテストステロンの分泌は抑えることができます。
しかし、残りの約5%の男性ホルモンは副腎から産生されており、LH-RHアゴニストだけでは副腎由来の男性ホルモンを抑えることができません。
この副腎由来の男性ホルモンは量としては少ないように見えますが、前立腺がん細胞にとっては、この5%の男性ホルモンも成長に影響を与えている可能性が研究で明らかになっています。実際、LH-RHアゴニストなどで治療を行っている状態でも、前立腺内に活性化された男性ホルモンが約40%も残存していることが分かってきました。
そこで、精巣と副腎から分泌される男性ホルモンの両方を最大限に抑えることによって、より高いホルモン療法の治療効果を目指すのがMAB療法の考え方です。
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がん専門アドバイザー 本村ユウジ
MAB療法で使用される薬剤
LH-RHアゴニスト(注射薬)
LH-RHアゴニストは、脳の下垂体に働きかけて、精巣からの男性ホルモン分泌を抑える注射薬です。代表的な製剤には以下のようなものがあります。
| 薬剤名 | 投与間隔 |
|---|---|
| リュープロレリン(リュープリン) | 1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月製剤あり |
| ゴセレリン(ゾラデックス) | 1ヶ月、3ヶ月製剤あり |
注射は、臍の周り、大腿、上腕などの皮下脂肪が多い部位に行います。投与間隔は患者さんの状態によって選択されます。注射部位が赤く腫れたり、固くなることがありますが、これは一般的な副作用の一つです。
抗アンドロゲン薬(内服薬)
抗アンドロゲン薬は、男性ホルモンが前立腺がん細胞の受容体に結合するのを妨げることで、男性ホルモンの作用を抑制する内服薬です。
抗アンドロゲン薬には、ステロイド性と非ステロイド性がありますが、非ステロイド性の方が男性ホルモンをブロックする作用が強力です。
MAB療法で最もよく使用される抗アンドロゲン薬は、非ステロイド性のビカルタミド(商品名:カソデックス)です。1日1回80mgを服用します。この薬が選ばれる理由は、副作用が比較的少なく、服用が簡便であることです。
ビカルタミドの国内臨床試験では、前立腺がん患者さんにおいて77.5%の奏効率(治療前より前立腺がんの縮小が確認された患者さんの割合)が報告されています。
MAB療法の治療効果
MAB療法の治療効果は、外科的去勢術やLH-RHアゴニスト単独療法と比較すると、やや高い程度です。大規模な臨床試験では、LH-RHアゴニスト単独治療と比較して、生存期間中央値が約7ヶ月延長したという報告があります。
特筆すべき点は、LH-RHアゴニスト単独療法よりも効果が早く出ることです。PSA(前立腺特異抗原)値が1ng/ml以下に低下した患者さんの割合は、LH-RHアゴニスト単独群が51%であったのに対し、CAB療法群は83%でした。
日本人を対象とした研究では、骨転移のある前立腺がん患者さんへの治療として、このCAB療法が有効であることが示されたため、日本では併用療法を実施することが多い傾向があります。
治療効果の持続期間
ホルモン療法の効果の持続期間には個人差がありますが、以下のような傾向があります。
| 患者さんの特徴 | 効果持続の傾向 |
|---|---|
| グリソンスコアが低い | 長期間効果が持続する傾向 |
| グリソンスコアが高い | 比較的早期に効かなくなる傾向 |
| PSA値が最初から低い | 長期間効果が持続する傾向 |
| PSA値が最初から高い | 比較的早期に効かなくなる傾向 |
| 転移がない | 長期間効果が持続する傾向 |
| 転移がある | 比較的早期に効かなくなる傾向 |
効果の判断はPSA値が最も鋭敏な指標となります。PSA値が低下している間は、がん細胞が抑えられていると考えられます。逆にPSA値が上昇した場合は、病勢が悪化していると判断されます。
長い人は10年以上も病気が進行することがない人もいますが、多くの場合、時間とともにホルモン療法が効かない細胞が生まれ、いずれホルモン療法は効かなくなります。このような状態を「去勢抵抗性前立腺がん」と呼びます。
MAB療法の副作用
MAB療法では、男性ホルモンが抑制されることによって、いくつかの副作用が現れることがあります。
主な副作用
| 副作用 | 頻度・特徴 |
|---|---|
| 乳房腫脹 | 21%の患者さんに見られる。投与開始から6ヶ月以内に多い |
| 乳房圧痛 | 32%の患者さんに見られる。軽度であれば特に心配ない |
| ほてり・ホットフラッシュ | 男性更年期症状の一つ |
| 勃起力低下・性欲減退 | 性機能への影響 |
| 肝機能障害 | 定期的な肝機能検査が必要 |
| 骨密度低下 | 骨粗鬆症のリスク増加 |
重大な副作用としては、劇症肝炎、肝機能障害、黄疸、白血球減少、血小板減少、間質性肺炎、心不全、心筋梗塞などが報告されていますが、これらは稀です。
骨密度の低下は多くの患者さんで起こる副作用です。骨密度が低下すると骨折や腰痛などの症状が起き、生活の質が低下します。医療機関では、ホルモン療法を開始した患者さんに対して、早期から骨密度の評価を行い、骨粗鬆症対策を行っています。
MAB療法の治療費用
MAB療法の治療費は高額であることが患者さんにとって大きな負担となっています。
薬剤費の目安(3割負担の場合)
| 薬剤 | 薬価 | 3割負担での自己負担額 |
|---|---|---|
| リュープリン(4週間製剤) | 約44,000円 | 約13,000円以上 |
| ビカルタミド80mg(1ヶ月分) | 約27,000円 | 約8,000円以上 |
| 併用した場合 | - | 月額約2万円以上 |
上記は薬剤費のみの概算です。実際には診察料、検査料なども加わりますので、月5万円から10万円程度の治療費がかかることもあります。
長期間にわたって継続的に治療を受ける必要がある患者さんにとって、経済的な負担は決して軽くありません。家計を切り詰めて対応している患者さんもいらっしゃいます。
高額療養費制度の活用
日本には高額療養費制度があり、1ヶ月の医療費が一定額を超えた場合、超えた分が払い戻される仕組みがあります。所得に応じて自己負担限度額が設定されており、この制度を利用することで経済的負担を軽減できます。
医療機関の窓口や加入している健康保険の窓口で相談することをお勧めします。
MAB療法が選択される場面
MAB療法は、以下のような場面で選択されることが多い治療法です。
局所進行がん・転移性前立腺がん
がんが前立腺の外に浸潤している病期III期の患者さんや、リンパ節転移や骨転移がある病期IV期の患者さんには、ホルモン療法が主な治療選択肢となります。このような進行した前立腺がんに対して、MAB療法は標準治療の一つとなっています。
放射線療法との併用
中間リスクから高リスクの前立腺がんで放射線治療を行う場合、治療効果を高めるためにホルモン療法を併用することが推奨されています。
放射線治療の前後にホルモン療法を行うことで、全生存期間と無再発生存期間が延長することが報告されています。併用期間は中リスク群で6ヶ月、高リスク群で2年から3年程度が一般的です。
また、前立腺を小さくしてから放射線療法を行うと効果が高くなることが知られています。このように短期間でMAB療法を行い、前立腺がんを小さくしてから放射線療法を行うという使い方もあります。
手術や放射線治療が困難な場合
年齢や合併症などの理由で、手術や放射線治療が困難な患者さんに対しても、ホルモン療法が選択されます。ホルモン療法は外来通院で行うことができ、身体への負担が比較的少ない治療法です。
治療効果が得られなくなった場合の対応
MAB療法を継続していても、多くの場合、時間とともにホルモン療法が効かなくなります。PSA値が上昇してきた場合には、以下のような対応が検討されます。
抗アンドロゲン薬の交替療法
ビカルタミドの効果が無くなってきた時に、別の非ステロイド性抗アンドロゲン薬であるフルタミド(オダイン)に切り替えることで、再び効果が表れることがあります。これを抗アンドロゲン薬交替療法と呼びます。
新規ホルモン薬の使用
去勢抵抗性前立腺がんとなった場合、さらにアンドロゲンを強力に抑える新規薬剤が使用されます。代表的なものには、エンザルタミド(イクスタンジ)、アビラテロン(ザイティガ)、アパルタミド(アーリーダ)、ダロルタミド(ニュベクオ)などがあります。
これらの薬剤は非常に効果的で、去勢抵抗性前立腺がんの全生存率の延長に寄与していることが海外の報告でも示されています。
抗がん剤治療
新規ホルモン薬でもPSA値が上昇してきた場合、抗がん剤のドセタキセルやカバジタキセル(ジェブタナ)が使用されます。近年では、診断の時点で悪性度が高い場合や転移が多い場合には、ホルモン抵抗性になる前の早期からドセタキセルを使用した方が良いという報告もあります。
MAB療法を受ける際の注意点
定期的な検査の重要性
MAB療法を受けている間は、定期的にPSA値の測定、肝機能検査、骨密度測定などを行うことが重要です。PSA値と病勢が一致しないこともあるため、CTや骨シンチグラムなどの画像による評価も必要です。
副作用への対応
乳房の腫脹や圧痛が軽度であれば特に心配はいりませんが、強い痛みがある場合は医師に相談しましょう。また、肝機能障害は重症化する可能性があるため、定期的な肝機能検査が必要です。
骨粗鬆症対策として、骨密度を評価し、必要に応じて骨粗鬆症の予防薬を投与することがあります。歯の副作用が出ることがあるため、投与前と投与後も定期的に歯科受診が推奨されます。
治療期間の見通し
MAB療法は根治療法ではありません。がんを完全に消し去るわけではなく、時間が経つと効かなくなる可能性があります。しかし、治療を継続することで、長い人は10年以上も病気が進行することがない人もいます。
転移があるがんや、手術・放射線治療ができない場合のホルモン療法では、定められた治療期間はなく、できるだけ長く継続することが目標となります。
まとめ
MAB療法(CAB療法)は、LH-RHアゴニストと抗アンドロゲン薬を併用することで、精巣と副腎から分泌される男性ホルモンの両方を最大限に抑える治療法です。
特に骨転移のある進行した前立腺がんの患者さんに対して有効性が示されており、日本では標準的な治療法の一つとなっています。効果が早く出る一方で、治療費が高額であることが課題です。
副作用として乳房腫脹、ほてり、骨密度低下などが起こりますが、適切な管理により対応が可能です。定期的な検査を受けながら、医師とよく相談して治療を進めることが大切です。
ホルモン療法は、時間とともに効かなくなる可能性がありますが、新規ホルモン薬や抗がん剤など、次の治療選択肢も用意されています。医師とよく相談し、自分に合った治療法を選択していくことが重要です。
参考文献・出典情報
国立がん研究センター がん情報サービス「前立腺がん 治療」
What's前立腺がん「前立腺がんのホルモン療法について」
順天堂大学・順天堂医院泌尿器科「前立腺がんの薬物療法」
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