
乳がんハーセプチン治療とは
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
乳がん治療で広く使われているハーセプチン(一般名:トラスツズマブ)について、実際に治療を受けるとなると「どのくらいの期間続けるのか」「費用はいくらかかるのか」という疑問を持たれる患者さんは多くいらっしゃいます。
ハーセプチンは、HER2(ヒト上皮増殖因子受容体2型)というタンパク質を標的とする分子標的薬です。
2001年に日本で承認されて以来、HER2陽性乳がんの治療成績を改善し、現在では標準的な治療法として確立されています。
HER2陽性乳がんとハーセプチン治療の対象
乳がん患者さんのうち、約20~30%はHER2タンパクが過剰に発現しているHER2陽性と診断されます。
HER2が過剰発現している乳がんは、かつてはがん細胞の増殖が速く治療が難しいとされていましたが、ハーセプチンの登場により治療成績が改善されました。
ハーセプチン治療を受けられるのは、がんの組織検査でHER2が「強陽性」と判定された患者さんです。
検査には免疫組織学染色法とFISH法があり、免疫組織学染色法で+3の場合は強陽性、+2の場合はさらにFISH法で遺伝子増幅を確認して判定します。
ハーセプチンの作用メカニズム
ハーセプチンは、がん細胞表面のHER2受容体に結合することで、増殖シグナルをブロックします。
さらに、免疫細胞を呼び寄せてがん細胞を攻撃させるADCC作用や、補体の力を借りてがん細胞を破壊するCDC作用により、HER2を発現しているがん細胞のみを選択的に攻撃します。
「自分の判断は正しいのか?」と不安な方へ
がん治療。
何を信じれば?
不安と恐怖で苦しい。
がん治療を左右するのは
治療法より“たった1つの条件”です。
まず、それを知ってください。
がん専門アドバイザー 本村ユウジ
ハーセプチンの投与方法と期間
ハーセプチン治療には、大きく分けてA法とB法という2つの投与方法があります。
乳がんの術後補助療法では、主にB法が用いられることが多くなっています。
A法とB法の違い
| 投与方法 | 初回投与量 | 2回目以降 | 投与間隔 | 点滴時間 |
|---|---|---|---|---|
| A法 | 4mg/kg | 2mg/kg | 1週間ごと | 90分以上 |
| B法 | 8mg/kg | 6mg/kg | 3週間ごと | 90分以上 |
体重1kgあたりの投与量で計算されるため、患者さんの体重により実際の投与量は異なります。
初回投与で副作用が少なく忍容性が良好であれば、2回目以降は30分まで点滴時間を短縮できる場合があります。
標準的な治療期間
術後補助療法としてハーセプチンを使用する場合、標準的な投与期間は1年間です。
B法を採用した場合、3週間を1コースとして、合計18コース(18回)の投与を行います。
この1年間という投与期間は、臨床試験の結果から再発予防効果が最も高いことが確認されており、現在の標準治療となっています。
ハーセプチン治療にかかる費用
薬剤費(保険適用前の薬価)
2026年1月時点での薬価は以下のとおりです。
| 製剤 | 規格 | 薬価(1瓶) |
|---|---|---|
| ハーセプチン注射用 | 60mg | 24,469円 |
| ハーセプチン注射用 | 150mg | 57,289円 |
1コースあたりの費用例
体重60kgの患者さんがB法で治療を受ける場合を例に計算すると、以下のようになります。
初回投与:8mg/kg × 60kg = 480mg必要
150mg製剤3瓶+60mg製剤1瓶を使用
→ 57,289円 × 3 + 24,469円 = 196,336円
2回目以降:6mg/kg × 60kg = 360mg必要
150mg製剤2瓶+60mg製剤1瓶を使用
→ 57,289円 × 2 + 24,469円 = 139,047円
これは薬剤費のみの金額で、診察費、検査費、点滴の技術料などは含まれていません。
年間の総費用
1年間(18コース)の薬剤費総額は以下のようになります。
初回:196,336円
2回目以降17回:139,047円 × 17 = 2,363,799円
合計:約260万円(保険適用前)
ただし、実際には健康保険が適用されるため、患者さんの自己負担は3割となります。
また、高額療養費制度を利用することで、さらに負担を軽減できます。
バイオシミラーという選択肢
2018年から、ハーセプチンのバイオシミラー(後続品)が使用可能になっています。
バイオシミラーの薬価は先発品の約70%程度に設定されており、効果や安全性は先発品と同等であることが確認されています。
| 製剤名 | 規格 | 薬価(1瓶) |
|---|---|---|
| トラスツズマブBS点滴静注用 | 60mg | 約17,000円前後 |
| トラスツズマブBS点滴静注用 | 150mg | 約40,000円前後 |
バイオシミラーを選択することで、医療費全体の削減につながり、患者さんの経済的負担も軽くなる可能性があります。
高額療養費制度の活用
高額療養費制度とは
高額療養費制度は、1か月間(月の初日から末日まで)の医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合、超えた分が払い戻される制度です。
自己負担の上限額は、年齢と所得区分によって異なります。
69歳以下の方の自己負担限度額(2026年8月から改定予定)
2026年8月から高額療養費制度の見直しが実施される予定です。
| 所得区分 | 自己負担限度額(月額) | 多数回該当 |
|---|---|---|
| 年収約1,160万円~ 標準報酬月額83万円以上 |
252,600円+(医療費-842,000円)×1% | 140,100円 |
| 年収約770~1,160万円 標準報酬月額53~79万円 |
167,400円+(医療費-558,000円)×1% | 93,000円 |
| 年収約370~770万円 標準報酬月額28~50万円 |
80,100円+(医療費-267,000円)×1% | 44,400円 |
| 年収約370万円以下 標準報酬月額26万円以下 |
57,600円 | 44,400円 |
| 住民税非課税世帯 | 35,400円 | 24,600円 |
なお、2026年夏の制度見直しにより、所得区分がより細分化され、2027年8月にはさらに段階的な引き上げが予定されています。
限度額適用認定証の活用
高額な医療費が予想される場合、事前に「限度額適用認定証」を取得しておくことをお勧めします。
この認定証を医療機関の窓口に提示すると、支払いが最初から自己負担限度額までで済み、一時的な立て替えが不要になります。
認定証は加入している健康保険の窓口で申請できます。
多数回該当による負担軽減
過去12か月以内に3回以上高額療養費の支給を受けている場合、4回目からは「多数回該当」として自己負担限度額がさらに引き下げられます。
1年間継続するハーセプチン治療では、この制度を利用できる可能性が高くなります。
ハーセプチン治療の副作用と注意点
インフュージョン・リアクション
初回投与時に最も注意が必要なのが、インフュージョン・リアクションです。
点滴中または点滴後24時間以内に、発熱や悪寒が出現することがあります。
初回投与時には約40%の患者さんに見られますが、2回目以降は5%以下に減少します。
息苦しさを感じた場合は、すぐに医師や看護師に伝えることが重要です。
心機能への影響
ハーセプチンの重要な副作用として、心機能の低下があります。
HER2タンパクは心臓の筋肉細胞の修復にも関わっているため、ハーセプチンの投与により心不全に至る可能性があります。
特に、アンスラサイクリン系抗がん剤(ドキソルビシンやエピルビシンなど)の治療歴がある患者さんは、より注意が必要です。
治療前には心機能検査を行い、治療中も定期的に心臓の状態をチェックします。
その他の副作用
| 副作用の種類 | 主な症状 |
|---|---|
| インフュージョン・リアクション | 発熱、悪寒、頭痛、吐き気 |
| 心機能障害 | 息切れ、動悸、むくみ、胸の痛み |
| 一般的な副作用 | 倦怠感、無力症、吐き気、嘔吐 |
| 肺障害 | 咳、息切れ、発熱 |
| 肝機能障害 | だるさ、発熱、黄疸 |
従来の抗がん剤でよく見られる脱毛は、ハーセプチン単独投与ではほとんど起こらず、起きた場合でも程度は軽いとされています。
治療スケジュールの管理
投与予定日が遅れた場合
何らかの理由で予定された投与が遅れた場合の対応方法も決められています。
投予定日より1週間以内の遅れであれば、A法では2mg/kg、B法では6mg/kgを投与します。
1週間を超えて遅れた場合は、改めて初回投与量(A法4mg/kg、B法8mg/kg)から開始します。
他の治療との併用
ハーセプチンは、タキサン系抗がん剤との併用で高い効果を示すことが知られています。
ただし、アンスラサイクリン系抗がん剤とは心臓への影響を考慮して同時併用は避けられています。
アンスラサイクリン系薬剤を使用する場合は、その治療終了後にハーセプチンを開始するのが一般的です。
治療を受ける医療機関の選び方
ハーセプチン治療は、乳がん治療の経験が豊富な医療機関で受けることをお勧めします。
特に、心機能のモニタリングや副作用への対応が適切に行える体制が整っているかを確認することが大切です。
がん診療連携拠点病院や、日本乳癌学会の認定施設などでは、専門的なチーム医療体制が整っています。
費用負担を軽減するための制度
世帯合算
同じ健康保険に加入している家族の医療費を合算して、高額療養費の対象とすることができます。
ただし、69歳以下の場合は、各人の自己負担額が21,000円以上である必要があります。
複数医療機関の合算
同じ月に複数の医療機関を受診した場合も、自己負担額を合算できます。
院外処方せんによる薬剤費は、処方せんを発行した医療機関の自己負担額と合算可能です。
医療費控除
高額療養費制度とは別に、確定申告で医療費控除を受けることもできます。
1年間に支払った医療費が一定額を超えた場合、所得税の還付を受けられる可能性があります。
ハーセプチン治療の継続と定期検査
1年間のハーセプチン治療を完遂することが、再発予防において重要です。
治療中は定期的に心臓の検査(心エコー検査や心電図など)を行い、心機能の変化を確認します。
また、血液検査で肝機能や腎機能もチェックし、副作用の早期発見に努めます。
治療費の実際の負担額シミュレーション
年収600万円の患者さんが、ハーセプチン治療を1年間受けた場合の負担例を見てみましょう。
月の医療費が30万円(10割換算で100万円)の場合:
自己負担限度額:80,100円+(1,000,000円-267,000円)×1% = 87,430円
4回目以降は多数回該当で44,400円となります。
年間の総負担額:87,430円×3か月 + 44,400円×9か月 = 約66万円
これに診察費や検査費などが加わりますが、高額療養費制度により、年間100万円を超えることは少ないと考えられます。
治療中の生活と仕事
ハーセプチン治療は外来で受けることができ、点滴時間も1~1.5時間程度です。
副作用が軽い場合は、仕事を続けながら治療を受けている患者さんも多くいらっしゃいます。
ただし、初回投与時は副作用の観察が必要なため、時間に余裕を持ったスケジュールを組むことをお勧めします。
最新の治療法への展開
ハーセプチン単独治療に加えて、ペルツズマブとの併用療法(デュアルHER2ブロッケード)や、トラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)、トラスツズマブ デルクステカンなど、新しい治療選択肢も登場しています。
これらの治療法は、病期や治療歴、患者さんの状態に応じて選択されます。
まとめに代えて
ハーセプチン治療は、HER2陽性乳がんの治療成績を改善した重要な治療法です。
標準的な投与期間は1年間で、費用は高額ですが、健康保険と高額療養費制度により実際の負担は軽減されます。
2026年8月からは高額療養費制度の見直しが予定されていますが、引き続き患者さんの経済的負担を軽減する仕組みは維持されます。
治療を始める前に、担当医とよく相談し、治療スケジュールや費用負担について確認しておくことが大切です。