Eテレで俳優、坂本長利(さかもとながとし)さんの特集をやっていました。
彼は1929年生まれの88歳。
様々な映画、テレビドラマに出演されている名優ですが、彼のライフワークとして代名詞となっているのが一人芝居「土佐源氏(とさげんじ)」。
1967年の初演以来、50年間もあらゆる場所で公演され、その公演数は1200回にも及びます。
土佐源氏の原作は宮本常一(みやもとつねいち)氏の「忘れられた日本人」。実在の人物の記録で、内容は人妻達を愛したひとりの男の話。
テーマはとても深いので一言ではいえませんが「社会の底辺で生きてきた男の、真実の愛。生き様」を伝えるものです。
ひとりの人間の生き様を、ひとりの俳優が50年もの間、一人芝居で伝え続けるということ自体も形容詞が見当たらないくらい凄いことですが、私は坂本さんを「82歳で胃がんの手術をした人」としてみてしまう面があるので、その点での衝撃が最も強かったです。
彼は1200回もの公演をした芝居に対して、いつもきちんと原稿を読み直して準備し、必要があれば原稿に修正を加え、毎回緊張して舞台に立っています。
ひとり暮らしで自分の食事も自分で作り、生活の大半は仕事に当てる人生。
そこに「がん患者」のイメージは一切ないのです。
本人がそう思っていないから、そんな雰囲気や言葉が全く出てこないのです。
高齢の方でがんの手術をされる方は少なくないですが、私が接してきて感じていた印象だと「もう無理をせず、何もせず、何の目標も特に持たず穏やかに生きる」という方がほとんとでした。
人生のウイニングランをゆっくり自分のペースで回る、という感じです。それはそれで素晴らしいものだと思います。
ですが、88歳になっても自分のやるべきことに集中し、俳優であることを矜持とし、病気のことなど忘れて生きている坂本さんの姿をみると涙が出てきそうになります。
人生は美しい、と思えるのです。
坂本さんは「なぜ、こんなに長く一人芝居を続けられるのですか?」という質問に対して、
「この歳になって、なお楽しくなってきた。肉体的にがんばらなくなってきた。87歳でも色々な変化があったのだから、自分の体を通してもっと人間の生き様を表現したい。100歳の坂本が表現するところを見てもらいたい。そこまではなんとしてもいきたい」
とおっしゃっていました。
一人の世界に籠る趣味の世界ではなく、向いている方向が「誰かに。人のために」という思いが、エネルギーの根源ではないかと思いました。
老いてなお輝く。
私もこうありたいと思いました。
番組のエンドロールで原作者である宮本常一さんのメッセージが流れました。
【どのようにささやかな人生でも、自らの命を精一杯に生きるのはすばらしいことである】
どんな状況でも、どんな体調でも、自分の人生を愛し、見えている世界を愛し、一生懸命生きたいと思います。