がんの診断を受けた時、多くの方が経験する心の混乱やパニック状態。「まさか自分ががんのはずがない」「何かの間違いに決まっている」などと、認めたくない気持ちが強くなる人がほとんどで、これは大きな衝撃から心を守ろうとするごく自然な反応です。病気の告知や重大なショックを受けた際に、頭が混乱してパニックになり、動悸が続き、手が震えるという体験は決して珍しいことではありません。
がんと診断されれば、心に大きなストレスがかかり、何をしていても気がかりで、身体がだるく感じたり、痛かったり、眠れなくなったり、吐き気を感じるなど、生活の質(Quality of life:QOL)だけでなく体調を悪化させることもあることが分かっています。このような状況に直面した時、冷静さを取り戻し、心を整理するための実践的な方法をご紹介します。
がんと診断された時の心の変化とパニック反応について
がん患者さんは告知後、最初の2~3日間は「まさか」「やっぱり」など、多くの患者さんが「ショックで頭の中が真っ白だった」と言う「衝撃の段階」を経験します。その後、心の動揺が1~2週間続く「不安定段階」で楽観的になったり、悲観的になったり、心が不安定になる時期を迎えます。
がん患者さんが体験した悩みの実態調査では「再発・転移の不安」「将来に対する漠然とした不安」「治療効果・治療期間に対する不安」「治るのか・完治するのか」「副作用・後遺症が出るかもしれない」という『不安などの心の問題』が回答全体の48.6%を占めたことが明らかになっており、多くの方が心理的な苦痛を抱えていることが分かります。
受けたショックが大きければ、混乱状態はすぐには収まらず、数日から一週間程度続いてしまうことがあります。時間が経てば軽減してくるものとはいえ、その最中にいる時はとても辛く、精神的にも肉体的にも強く疲労してしまうことになります。特に夜、眠るべき時にベッドに入ってもその状態が続けば、睡眠障害や不眠にもつながるため、できるだけ早くパニックから抜け出すことは大切なことです。
パニック状態から脱出する「書く療法」の効果
近年、心理学や精神医学の分野で注目されている「書く療法」または「ジャーナリング」という手法があります。ジャーナリングは、こころの中にあるモヤモヤを書き出すことできもちを整理し、自己理解を深める効果があると注目されている方法で、がんを宣告され、治療やこの先の不安で頭がいっぱいという方に効果的とされています。
ジャーナリングは「書く瞑想」といわれることもあり、頭に思い浮かんだことを自由に書き、頭のなかに漠然と思い浮かぶことや、心のモヤモヤなどを整然とした文章にする必要はなく、素直に思い浮かんだ単語やイメージを加工せず、ネガティブでもそのままノートや手帳に表現するのがコツです。
なぜ書くことが効果的なのか
頭の中で渦巻いているのは「言葉」です。明日、何を食べようか考える時、実際に頭の中では「あした、なにたべよかな」という言葉を話しています。しかし、頭の中で話している言葉は、あまりクリアな感じではありません。文字にすると伝えにくいのですが、上の例でいうと「あ・・た、なに べよ な」こんな感じです。
しかも、頭の中の言葉は泡のように一瞬で無くなります。頭の中で色々と考えていても、一向にまとまらないのは「言葉がクリアでないうえに、すぐに消えてしまうから」です。頭だけを使って「この場合はこうすればいいのかな?」「いや、こうするのがいいのではないか?」などと自問自答しようとしても良い解決策が生まれにくいのです。
そのため、ノートとペンを使います。パソコンやスマホのメモではだめです。これを使うと「文字情報」になってしまい、自分の心の言葉であるというリアリティが失われます。大事なのは自分で書き、文字を目で確認することです。自分の言葉を自分で書くことでリアリティのある会話になる、ということですね。
がんと診断されパニックになった時の書く療法実践方法
準備するもの
- A4サイズのノート(無地のもの)
- 書きやすいペン
- 誰にも見られない場所(自分の部屋やカフェの奥の席など)
このノートは誰にも見せません。自分だけのものです。何のためにノートを使うかというと、「自分自身との対話のため」です。「悩みをなんとなく書き出す」のではなく、自分と話すためのものです。
実践手順
最も重要なことは「カッコつけないこと」です。なので、誰にも見られないという前提が必要になります。心の中から出てくる言葉を、編集せずに自問自答をします。
例えば「何が恐いんだ?」と質問します。答えは、思い浮かんだことをそのまま文字にします。例えば「家族を失うこと」と書いたとします。書いたことに心から納得すれば、そのまま質問を続けるのですが、実際にやってみると自分で書いた言葉なのに「なんか違和感がある」ということがあります。
「家族を失うこと」と書いてみたものの、なんかモヤっとした場合は「本当にそうか?それだけか?他にもあるんじゃないか?」と質問する側の自分から再度問いかけます。すると、色々なイメージがわいてきて「自分が痛い思いをするのがいや」「経済的に自立できなくなり、弱みを見せるのが恐い」など、もっとリアルな本音がでてきます。
自問自答を深める
そうやって、「何が問題なのか」「何を怖がっているのか」を自分自身に追求します。本当の根っこの答えは、1つか2つです。それを見つけることが重要です。それが根っこかどうかは自分の感覚で分かります。
根っこの原因が見えてくれば、次はそれに対して「どうすればいい?」「今の私には何ができる?」「まず何からならできる?」という自問をしていきます。そうやって、本当の問題や解決するための具体策、アクションに繋がるものを書き出していくのです。
書く療法の科学的効果と2025年最新研究
ジャーナリングを通じてストレスの原因を特定し、対処法を考えることで心理的な負担の軽減に繋がり、書くという行為そのものにも、カタルシス(感情の浄化)効果があり、ネガティブな感情を吐き出す機会となることが研究で明らかになっています。
自分を客観的に見つめることができ、忙しい毎日を過ごす私たちは、実はこころで感じていることを見過ごしがちですが、ジャーナリングをすることで、自分の感情を客観視でき、自分への理解が深まる効果が期待できます。
実際にやった自分の自問自答をゆっくり振り返ります。そうすると気持ちは落ち着いてきます。悩んだり不安になったりする要素は、もう頭の中には残っておらず、すべてノートに書いて文字になっているので、「頭が混乱してどうにもならない」という状況からは脱却しているからです。
がん患者特有の心理的課題と対処法
がんを抱えている患者さんの大半は、苦悩を感じており、苦悩の感覚は、悲しみや恐怖から、うつ病や不安、パニック、霊的信念の揺らぎ、孤独感、友人や家族から隔絶している感覚などの重大な問題に至るまで、多岐にわたることが知られています。
パニック障害では、突発的かつ強烈な身体・精神症状が、数分以内にピークに達する発作的な状態で、発作自体は数十分以内におさまることが多いですが、体に残る違和感や疲労感はその後も続くことがあるとされています。
がん診断後のパニック症状の特徴
がんの診断を受けた後に起こるパニック症状には、以下のような特徴があります:
- 動悸や息切れ
- 手の震え
- 冷や汗
- めまいや立ちくらみ
- 頭の中が真っ白になる感覚
- 現実感の喪失
- 強い不安感や恐怖感
これらの症状は、告知後の心理的変遷において「衝撃の段階」から「不安定段階」で現れやすく、最終的に「適応段階」に向かって「波線モデル」で変化していくとされています。
家族や周囲の人ができるサポート
家族が経験する不安や落ち込みなどの精神的なストレスは患者さんと同じくらいかそれ以上であり、家族の精神的なストレスは患者さんの精神状態にも影響することが研究で明らかになっているため、家族のケアも重要です。
がん患者さんの心のメンテナンスを行う上でご家族のメンテナンスも必要不可欠で、「自分の心のメンテナンスが患者さんの治療を支える」と考えて、ご家族自身も積極的に心のメンテナンスを見直すことが大切です。
家族ができる具体的なサポート方法
- 口を挟んだり意見を言うことは控え、まずは黙って患者さんの話を聞く
- 患者さんの口から病気や死に関する話題が出たら、不自然に避けるのではなく、本当に心配なことは何か、どうしたいと思っているか、率直に話し合う
- 特別扱いすることは、患者さんの孤立感を深める場合もあるため、今の状態で患者さんができること/したいことを尊重し、必要に応じてサポートする
- 患者さんから「つらい」という言葉が出たら、「つらいんだね」と受け止め労わることが、時に患者さんの安心感につながる
専門家による心のケアを受けるタイミング
つらい気持ちを家族や友人にさえ打ち明けられない、不安や落ち込みが続いている、眠れない、食欲がないなど、精神的、身体的につらいときには、心のケアの専門家に相談することが推奨されるとされています。
心のケアを受ける時期が早いほど、気持ちが早く楽になって前向きな気持ちになれるもので、「心の病気ではないから」「精神科医に相談するほどではない」などと抵抗を感じる必要はないことが専門家によって指摘されています。
相談できる専門機関
- 精神腫瘍(サイコオンコロジー)科
- 心療内科
- 精神科
- 緩和ケアチーム
- がん相談支援センター
- 患者会などの支援グループ
継続的な心のケアと長期的な対処法
がんの治療は長期にわたり、治療を上手に続けていくためにはストレスを最小限にすることが大切であり、心のケアは欠かせないものです。書く療法は継続することで、より大きな効果を発揮します。
書く療法を継続するためのコツ
- 毎日決まった時間に実践する(朝起きた時や寝る前など)
- 短時間でも良いので継続する
- 完璧を求めず、思ったことをそのまま書く
- 書いた内容を見返して、自分の心の変化を観察する
- 必要に応じて専門家と内容を共有する
その他の心を落ち着かせる方法
書く療法以外にも、がん診断後のパニックや不安を和らげる方法があります:
呼吸法とリラクゼーション
- 深呼吸:4秒で吸って、4秒間止めて、8秒で吐く
- 筋弛緩法:全身の筋肉を意識的に緊張させてから緩める
- 瞑想やマインドフルネス
生活習慣の見直し
- 規則正しい睡眠リズムの確立
- 適度な運動(散歩程度から始める)
- 栄養バランスの取れた食事
- アルコールやカフェインの摂取を控える
最後に:一人で抱え込まないことが大切
がんの診断を受けた時のパニックや混乱は、決して恥ずかしいことではありません。こういった不安や落ち込みは自然な反応で、日常生活に支障が出たり、つらい状態が続いたりしているときには、担当医や看護師、精神科医や心理士などに相談することが重要です。
書く療法は、誰でも手軽に始められる有効な方法ですが、それだけで解決できない場合は、遠慮なく専門家の助けを求めてください。医療従事者が一緒に対処方法を整理し、現在の病気とその影響についての患者の感情、とくに恐れの表出を促し、それらを支持し、共感し、現実的な範囲で心身の安定を図るサポートを受けることができます。
あなたは一人ではありません。多くの人があなたと同じ経験をし、乗り越えてきています。適切なサポートを受けながら、一歩ずつ前に進んでいくことが大切です。
参考文献・出典情報
- がん情報サイト | がん情報各論:患者さん向け
- がん治療中の患者と家族の心のケア | MSD oncology がんを生きる
- がん緩和ケアに関するマニュアル/第6章 精神的ケア-2 | ホスピス財団
- 心のケア:国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ
- がんと心:国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ
- 【医師監修】パニック障害とは?症状と原因、セルフチェック診断、治療法を解説
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