発症すると私たちの生命をすぐに脅かすようになる「がん(悪性腫瘍)」と、命の危険がほとんどない良性腫瘍とでは、どんな違いがあるのでしょうか。
まず、がんと良性腫瘍には共通の性質があります。それは、発生した場所(組織)とは無関係に細胞が増殖していくことです。しかし良性腫瘍は、成長して大きくなっても発生した場所にとどまるので、生命に直接危険を及ぼすことはありません。
いっぽうで「がん」は、良性腫瘍にはない「転移」、つまり他の臓器や組織にも飛びだして、そこでも増殖を始めるという特異な性質をもっています。この転移が、がんを非常に深刻な病気にしている最大の理由となっています。
人間の体をつくっている無数の細胞は、それぞれの臓器や組織に固定されており、その場所を離れて体内を勝手に移動することはありません(白血球や赤血球などの血球は例外)。例えば肝臓の細胞は、あくまで肝臓の細胞なので他で働くことは本来できないのです。
ですので、通常はある組織をつくっている細胞が自分の場所を離れれば、すぐに死んでしまいます。しかしがん細胞はこのルールに従わず、組織を離れても生き続けることができます。そして血液やリンパ液に混じって他の臓器や器官へ移動し、そこでふたたび増殖し始めます。これががんの転移です。
組織を離れたがん細胞は、リンパ管や血管の中に自由に入り込んで全身を移動します。リンパ管に入ったがん細胞は、しばしば白血球のろ過装置であるリンパ節で足止めされ、そこで増殖し始めます。また、血流に混じり込んだがん細胞は、肺や肝臓、脳などの重要な臓器に入り込むと、そこに付着して増殖を始めることがあります。
とはいえ、すべてのがん細胞が転移を引き起こすわけではありません。血管やリンパ管に入り込んだがん細胞のうち、長時間生き延びて別の場所で増殖できるようになるがん細胞は全体の0.1パーセント程度、すなわち1000個に1個程度とされています。
しかし血液中に入り込むがん細胞の数は莫大なので、これは決して小さな数値ではありません。
がん細胞がもとの場所から遠く離れたところに転移(遠隔転移)するまでには、次のような変化を起こしていると見られています。
①周囲の組織との結びつきを失ってはがれやすい状態になる。
②運動能力を得て、組織内でふらふらと動き出す。
③血管を成長させる物質を放出して新しい毛細血管をつくり出し、それをがんの近くまで引き寄せる。
④血管の壁を溶かす物質を出して血管内に入り込む。
⑤血流に乗って他の臓器や器官へ移動し、そこに付着して増殖を始める。
がんがかなり大きく成長しても、それが最初に発生した場所(原発部位)にとどまっているなら、手術でその部分を取り除けばがんが完治する可能性はあります。
しかしがん細胞がさまざまな場所に転移すれば、それをすべて手術で取り除くことは難しくなります。また重要な臓器に転移すると、その臓器は本来の役割を果たせなくなり、ついにはがん細胞を生み出した宿主である人間(患者)を死に至らしめることになります。
宿主が死ねばがん細胞自身も死ぬので、がん細胞にとって転移にどんな意味があるのかは明らかではありません。ともかくこうしてみると、転移を止める方法を見つけることが、がん医学の最大の課題のひとつになっている理由がわかるのですが、現時点で止める方法はみつかっていません。
以上、がんの特徴についての解説でした。